第46章 秋の香りと想い
「紅海、そろそろ水も飲んどきなよ」
五条が、テーブルの水を彼女の前へ置いた
『んー……』
「梅酒、美味しいのは分かったからさ」
『悟も飲んでみる?』
「僕が飲んだら大変なことになるよ?」
『そっかぁ』
紅海は、ふにゃりと笑った
五条の手が、わずかに止まる
あ、これ、完全に酔ってるな
普段の紅海なら、こんなふうに曖昧な笑い方をする前に、もう少しはっきり返事をする
何より、さっきから目が合うたび、いつもより長くこちらを見ている
五条は水のグラスを、紅海の手の届くところへ置き直した
「はい!こっちも飲んで」
『うーん』
それから、何を思ったのか、グラスを持たず、隣の五条の袖をちょん、とつまむ
『ねえ、悟』
「ん?」
『今日、楽しかったねぇ』
五条は、少しだけ目を細めた
「……うん、楽しかったね」
『文化祭も楽しかったし、お好み焼きも美味しいし……』
「うん」
『みんなといるの、楽しいねぇ』
その言い方が、いつもよりゆっくりで
五条は一瞬だけ、返事を忘れた
けれど、すぐにいつもの調子へ戻る
「そりゃよかった、じゃ、次は梅酒じゃなくて水ね」
『えー……』
「えー、じゃないの。四杯目でしょ?」
『……数えてたの?』
「そりゃね」
『悟、すごいねぇ』
「そこ感心するとこ?」
紅海は、くすくす笑った
五条も笑ったが、彼女の手元から梅酒のグラスを少し遠ざけた
無理に取り上げるのではなく、代わりに水を差し出す
紅海は不満そうに唇を尖らせたものの、素直に水を飲んだ
その様子を、七海は静かに見ていた
「流鏑馬さん…アルコールが明日には残らないとしても、今は酔っています…無理はしないでください」
『大丈夫だよぉ』
「あなたの “大丈夫” は、あてになりません」
『はーい、今日はもう飲みませーん』
七海はそれを聞き頷く
「なら、結構です」
五条は、そんな七海を見て両手の人差し指を七海に向ける
「ほんと、七海って、こういうとこ保護者みたいだよね」
「五条さんにだけは言われたくありません」
「えー、どういう意味?」
「事実を述べたまでです」
遊佐は二人のやり取りを聞きながら、紅海の様子を窺っていた