第37章 都と帳
保田の爪が石畳を抉る
紅海は間合いを保ちながら、その動きを見据えていた
胸の奥が痛む
目の前にいるのは、ただの呪詛師ではない
何度か京都で任務を共にしたことのある術師だから
『……保田さん』
呼び掛けても、返事はない
返ってくるのは、獣のような低い唸り声だけ
紅海は小さく息を吸った
『私……保田さんのこと、あまり知らないんです
だから、あなたの選択を簡単に否定することなんて、できません』
保田の眉が僅かに動く
『苦しかったことも…誰にも言えなかったことも、行き詰まってしまった理由も…きっと、私が知らないだけで、たくさんあってからの選択なんですよね?』
その声は責めるものではなく…寄り添おうとする声
『だから……ごめんなさい』
保田は目を細める
「謝る?」
紅海は呪具を握り直した
『でも…今、目の前で起きていることは止めなきゃいけないんです
怖い思いをしている人がいて、傷付いている人がいます…
このために、呪霊を祓おうとしてる同僚もいる…
だから、それだけは、見過ごせません』
その一言だけは、はっきりとしていた
保田は自嘲するように笑う
「……先生らしい選択だ」
紅海はゆっくり首を振った
『保田さん…もし、本当に行き詰まっていたのなら…
もし、誰にも頼れなかったのなら…
事件を止めたあとで、一緒に考えさせてください
私は、そのための答えを今は持っていません』
紅海は保田の攻撃をかわしながら訴える
『でも、一人で抱えなくていい方法を、一緒に探したいです』
その言葉に、保田の表情がわずかに揺らぐ
だが、その揺らぎはすぐに消える
「……もう遅い…俺は戻れない…呪霊にイジって貰ったからな」
再び呪力が膨れ上がる
紅海は静かに構えた
保田一人で、ここまで大規模な二重帳を展開できるとは思えない
誰か黒幕がいるはず
もっと奥で、この事件全体を動かしている何者かが…
保田の右腕が悲鳴を上げる
骨が軋み、皮膚の下を黒い何かが蠢く
指先は獣の鉤爪へ変わり始めていた
「…っ」
保田自身も制御できていない
その異変を見た瞬間、紅海の脳裏を一人の術師が過った
硝子…
家入硝子なら、助けられるかもしれない
だが…このままでは、その前に保田の身体が壊れる
紅海は静かに息を吸う