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淫夢売ります

第42章   開く扉


☆☆☆
夏の夕暮れ。昼と夜との間で、ヒグラシが忙しく鳴いていた。

学校のビオトープにある大きな樹の下。私と紀美子ちゃんが一番たくさん遊んだ思い出の場所だ。

私は、夏休みに引っ越さなきゃいけなくなった。
私自身、ほんの一週間前に聞かされたことだった。

嫌だった。
紀美子ちゃんが好きで、好きで、ずっと一緒にいたかったから。

でも、私が引っ越しに反対したって無駄なことも知っていた。
もし反対したとしても、お父さんやお母さんを悲しませるだけだと知っていた。

だから、私は我慢することにした。
でも、引っ越す前にどうしても、この気持ちを紀美子ちゃんに伝えたかった。

この1週間、ずっと考えていた。
自分の紀美子ちゃんへの気持ち。

ずっと友達でいよう・・・
  違う
お手紙書くね、お返事ちょうだい・・・
  違う

遊びに来てね・・・
  そうじゃない!

もっと違う・・・もっと、もっと、違うこと。
私は紀美子ちゃんの髪に触れたかった。
手を握りたかった。
頬に触りたかった。
抱きしめたかった。

そして・・・キス・・・したかった。

言わなきゃ、伝えなきゃ。
今、誰もいない、この時間に、このときに、このチャンスに!

心臓が早鐘のように打つ中、私は、紀美子ちゃんに向かい合っていた。
大きなビオトープの樹の下。

私は、黒い七分丈の上着に白いくまのプリント、黒のチェックのスカートという出で立ちだった。

「私、夏に引っ越すの」
ぎゅっと手を握りしめる。紀美子ちゃんはびっくりしたような表情をしていた。
『え?ひろちゃん、引っ越しちゃうの?』
『うん・・・』
『遠い所?』
『うん・・・』
『そう・・・なんだ・・・』

紀美子ちゃんは言葉が繋がらなかったみたいだった。後ろ手に手を組んで、俯いていた。
長いきれいな髪の毛が、ぱさりと顔にかかった。
その瞬間、たまらなくいい匂いがした。

「これが・・・ちゃんと遊べる最後かもしれないの。だから・・・」
ドキン、と心臓が跳ね上がる。

『大好きなの・・・キス・・・していい?』

その瞬間、ヒグラシたちが黙り込む。
そして、ざあっと音を立てて、風が吹いた。

紀美子ちゃんの顔が、驚いたように固まっていた。
そして、ゆっくり、ゆっくり、後ずさっていく。
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