第16章 Drastic medicine(緑谷出久 ホークス)
「もし、緑谷先生とキスしたらまた、何も感じなくなっちゃうんじゃないかって……怖かった……先生を好きになった時から、そう思ってた……だから、逃げたの、私……他の人に……」
そうだったんだ。
自分の怖さから逃げる為に……ホークスと。
「最初のうちは大丈夫だった……けど、ホークスさんが私の事、そんな風に思うなんて考えてなくって……」
「繭莉……」
「どうすればいいか分からないの、ぐちゃぐちゃなの……緑谷先生の優しさも、ホークスさんの身体のあったかさも、気持ちいいの……私、最低なの……!」
そこまで言われて、思い出した。
前に彼女が自分を最低だと言った事を。
「だから私、いなくならないと……」
確かに、世間から言わせたら最低かもしれない。
2人の男をこんな気持ちにさせて、自分はもう嫌だから逃げるなんて。
だけど、それを許せないと思わないなんてこれはきっと、彼女に惚れた弱みだ。
「いなくならないとって、思ったから士傑に行くの?」
繭莉の前に座り込んでそう言うと、涙に濡れた瞳が僕を見つめた。
そして僕の言葉を肯定するように、一度だけ頷く。
本当に。
最低で、自分勝手で愛おしい。
僕は、そんな繭莉を抱きしめていた。
「緑谷、先生……」
突然抱きしめられた事にビックリしたみたいで、繭莉の涙が止まった。
「……繭莉」
涙の痕が残った頬を、両手でそっと包む。
すると、何をされるか察されてしまったらしく胸を手で押された。
だけど。
もう、繭莉が何も感じなくなろうが構わないと思った。
ただ、繭莉の事を好きな男がいた事を忘れないで欲しかった。
ただの未練だと分かっていたけど、それでよかった。
何かを言おうと少し開いた唇に、自分の唇をそっと重ねた。
pm5:00を知らせるチャイムが、開いた窓から聞こえてきた。
きっと、これが繭莉と最初で最後のキスになる。
最後のこの瞬間に僕は、繭莉が本当に好きなんだと改めて思い知らされた。
僕達の恋は、ここで終わる。
でも、それでいいと思ったから、この一言だけを伝えようと思う。
「さよなら、繭莉」