第102章 刀鍛冶の里での罠〜時透無一郎 冨岡義勇【R強】
夜が明けた頃、ゆきは冷え切った体を引きずるようにして宿に戻った。
部屋の襖をそっと開く。…無一郎の姿はない。ということは、やはりまだ美月の部屋にいるのだろう。
昨夜からずっと、彼女をその腕に抱いたまま夜を明かした事をゆきは悟った。
激しい涙の後は、ただ深い疲労感がゆきを襲った…。
衣服を整える気力すら湧かず、ゆきは冷え切った身体を温めるように布団に潜り込んだ。
少しだけ眠ろう。何もかも忘れて、ただ眠ってしまいたかった。
どれほど眠っていたのだろう。薄暗い意識の底からゆっくりと目を開けると、すぐ目の前に、心配そうな顔をしてこちらを覗き込む無一郎がいた。
「ゆき、目が覚めた…?」
その声は優しく、昨夜の冷たさが嘘のようだった。
無一郎はそっと手を伸ばし、ゆきの頬に残る簪の傷跡に指先で触れる。
微かに眉をひそめる彼の表情には、確かにゆきを案じる色が浮かんでいた…。
けれど、次に彼の口から零れた言葉が、ゆきの心を凍りつかせる…。
「…その傷、美月の簪でついたんだよね。ねえ、本当に…簪は隠してない?」
向けられた瞳はどこまでも真っ直ぐで、だからこそ残酷だった。
頬の傷を心配しながらも、無一郎は自分を疑っている。
私が嘘をついて隠しているのではないかという疑念…。
無一郎くんは…美月の言葉を信じているの?
濁した私も悪いけど簪を隠す訳がない…わかるよね?
美月の「盗まれた」という言葉だけを、彼は心から信じ込んでいる。
「隠してない…信じてくれないならもういい!」
ゆきは、無一郎の手を払い除けた。
「…君がそう言う態度をいつまでも取るなら僕にも考えがある。」
無一郎は、立ち上がりゆきを見下ろす。
「君が美月を、苦手に思っている事は知っている。だけど一応あの子は僕の大切な継子だ。」
「だから、何?大切なら私じゃなくて美月さんと婚約すれば?立派な剣士だし…私みたいな出来損ないなんて捨てればいいのよ!」
無一郎は、思わずまたゆきの頬を叩いてしまった。
簪の傷口が開き新たに血が流れ落ちる…
ゆきは、部屋を飛び出した。
無一郎の手が震える…追いかけたいのに足が動かない…。