第102章 刀鍛冶の里での罠〜時透無一郎 冨岡義勇【R強】
「ゆき、悪い…美月が興奮したら出血が増えるから…その…」
「出ていけばいいんでしょ…」
言い訳を紡ぐ無一郎の声を遮るように、私は頬の血を拭い、逃げるように部屋を出た。
背後から聞こえてくるのは、先程まで私だけに向けられていたはずの、彼の酷く甘い声。
「簪は、何かの間違いかもしれないよ? ゆきは取ってないって言ってるし」
「じゃあ無一郎様は、私が嘘をついているとでも…?」
「そういう意味じゃなくて…ごめん、美月。ちょっと横になろう」
「嫌です。こうやって、ずっと抱いていてください…」
―もう、聞いていられない。
ゆきは宿を飛び出した。
急いで合わせた浴衣は酷く乱れ、手には美月の生々しい血がこびりついたまま。
簪で付けられた頬の傷が、夜風にさらされてズキズキと痛む。
けれど、それ以上に心が痛くて、涙が止まらなかった。
「…何でこうなるの…」
あの部屋に残してきた、無一郎の温もり。ほんの少し前まで私を狂おしいほどの熱で満たし、耳元で愛を囁いていた無一郎くん…
美月が怪我をしてすごく焦っていた…私の頬の傷には触れなかった…。
悲しみと惨めさに押しつぶされそうになりながら、ゆきは刀鍛冶の里の、静まり返った川辺へと向かった。
さらさらと流れる水面を見つめていると、不意に、遠い街のあの川辺が脳裏をよぎる。
「街の川辺だったら、義勇さんに会えたのかな…」
ぽつりと溢れた独り言…
もし今、あの場所に帰れたなら。いつだって静かに私を待っていてくれた義勇さんは、今日も変わらずに佇んでいるのだろうか?
また…さみしくなったらこうやって義勇さんを、求めてしまう…。ダメなのに…
乱れた衣を強く抱きしめ、ゆきは冷え切った川辺で、ただ一人声を上げて泣き続けた。