第102章 刀鍛冶の里での罠〜時透無一郎 冨岡義勇【R強】
部屋に足を踏み入れた瞬間、異様な熱気と血の匂いが鼻をついた。
腕から赤い血を流した美月は、部屋に戻ってきた無一郎を見るなり、縋るような目で両手を伸ばす。
無一郎はそれに躊躇うことなく応じ、すぐに美月の側へと寄り添い、その身体を優しく抱きとめた。
さっきまで自分を狂おしいほどの熱で満たし、荒い吐息を耳元で刻んでいた彼とは、まるで別人のような、静かで穏やかな眼差し。
「…ゆき、申し訳ないんだけど、手当てしてもらえる?」
無一郎が気まずそうに、バツの悪さを滲ませた表情でこちらを見つめてくる。
その瞳に映る自分が、乱れた着物を整えたばかりの、酷く惨めな姿に思えて胸が痛んだ。
けれど、ゆきは溢れそうになる感情を飲み込み、美月の腕へ視線を落とした。
傷口には、割れた鏡の破片が深く突き刺さっている。
一刻も早く抜かなければならない。
手元に掴むような道具がなかったため、ゆきは清潔な手拭いを添え、指先で慎重に破片を取り除こうと試みた。
美月は無一郎の身体にしっかりと抱きついたまま、ゆきの方へと腕を差し出してくる。
その時、無一郎の口から、信じられないほど甘く優しい声が溢れた。
「美月、もし痛かったら…僕の肩を噛めばいいからね」
その言葉に、ゆきの胸の奥が冷たく凍りつく。
先程の出来事はなんだったのか?と…切なくなった。
「ん…!」
破片が抜ける瞬間、美月は遠慮がちに、けれどしっかりと無一郎の肩口に噛みついた。
鋭い痛みに耐えるその瞳は、無一郎の背越しに、じっと、真っ直ぐにゆきを見ていた。
美月さんの瞳の奥にある明確な敵意と、自分を抱きしめていた無一郎くんの肩に刻まれる彼女の痕跡を、ゆきはただ見つめることしかできなかった。
血まみれになりながら一通りゆきは手当を終えた。
「私、手洗ってくるね」
そう言い残してゆきは、部屋を出ようとした…が足を止め無一郎にこう告げた。
「今夜は美月さんの側に居てあげたら?」
無一郎くんは…なんて答えるのだろう…
無一郎が、口を開こうとしたと同時にゆきに向かって美月が簪を投げつけた。
ゆきの頬から血が流れる…。
「簪が欲しければあげる!許さないから!」