第68章 偽りの日々〜冨岡義勇 時透無一郎
無一郎の吐息が肌に触れる距離まで近づき、ゆきは恐怖で心臓が潰れそうな衝撃を受けていた。
「嫌、だ…。来ないで!」
必死に顔を背け、固く目をつぶる。
その脳裏に焼き付いているのは、あの忌まわしい山賊たちの笑い声と、あの不快な感触…。
言えない…。無一郎くんにだけは、絶対に言えない。汚れてしまったなんて知られたら、きっと無一郎くんは私を軽蔑する…その綺麗な瞳で、私を見なくなる…嫌われる
無一郎にとって、自分は清らかなままでなければならない。その思い込みが、無一郎の手が触れるたびに「汚れが移る」という恐怖と同時に山賊の記憶を呼び覚ましていた。
一方、義勇と不死川に心を許せたのは、何もかもを知っているから…。
だが、しのぶに言われた言葉が脳裏を過ぎる…私は男達を誘う目をしている…だから山賊に汚され自業自得だと
…
義勇さんと不死川さんの優しさも本物ではないのかも?頭が混乱する…
「どうして…目を逸らすの?」
無一郎の声が、耳元で低く震える。掴まれた手首に力がこもり、逃げ場を完全に断たれる。
「僕がどれだけ君を愛してるか、本当にわかってないんだね」
無一郎くんの声が耳元でする…心地よい好きな声なのに、それを掻き消すように山賊の男達の笑い声に変わる…
「力ずくでも…いくよ。我慢の限界だから…」
唇が触れる、その寸前。 ゆきの頬を、一筋の涙が伝い落ちた…。 その時…
「時透くん!そこまでです。取り敢えずゆきさんから離れなさい。」
落ち着いたその声は、しのぶさんだった。
無一郎は不貞腐れた表情で、ゆきから手を緩め、しのぶの声の方に顔を向けた。
「彼女は、まだ治療中なのですよ?距離を保つならと、接触を許しましたが今の時透君は約束を守っていませんよ。」
「僕はなぜ駄目なの!?もういいよ!」
無一郎は、黙って部屋を出ていってしまった。
「時透くんの気持ちもわかるので…つらいですね…あなたの男を誘惑する目に惑わされたのでしょう…」
しのぶが、切ない顔でゆきをみた。
「ご存知の通り私はあなたが好きではありません。ですが貴方が混乱しそうだったので医者として止めに入りました。」
しのぶなりのゆきへの優しさだった。
窓の外には、部屋を見つめて立ちすくむ義勇の姿があった…