第18章 英雄の物語、嵐の前の静寂 ※微
轟の瞳は揺れていた。
欲しい気持ちと、守りたい気持ちと、踏み越えてはいけない理性が、混ざり合っている。
轟「……わかってる」
小さく息を吐き、轟はそっと身体を離した。
けれど腕はすぐにはほどかず、名残惜しむようにの肩を包んだまま。
は視線を落とす。
触れなかったはずの距離なのに、心だけが熱を帯びている。
爆豪の真っ直ぐな熱。
ホークスの軽やかな影。
相澤の静かなまなざし。
そして今、目の前の轟の優しさ――。
(……もう、わからない)
誰を想っているのか。
誰に惹かれているのか。
それとも、自分自身の心が揺れているだけなのか。
それでも確かに言えるのは――
いまこの瞬間、轟に心が動いてしまったということだった。
轟は何も言わず、ただ静かに隣に並ぶ。
夜風が、少しだけ冷たくなっていた。
それでも胸の奥には、消えきらない熱が残っている。
爆豪のまっすぐすぎる想い。
轟の静かで、深く染み込む優しさ。
軽やかに心を揺らしてきたホークスの影。
そして、言葉にしないままいつも隣にいる相澤。
教師としての理性も、守るべき立場も、全部わかっている。
それなのに、心は思うように言うことを聞いてくれない。
それぞれの想いが、少しずつ重なって、胸の中で静かに波を立てている。
穏やかで、あたたかくて、でもどこか危うい。
今はまだ、何も起きていない。
夜は静かで、空も澄んでいる。
けれどこの静けさが、ずっと続くとは限らないことをどこかでわかっていた。
胸に手を当て、深く息を吸う。
その先に待つものを、まだ知らないまま。
これは、きっと――
嵐の前の、ほんのひとときの静けさ。