第21章 君に贈る、ひとときの奇跡
想花side
音もなく空間がねじれ、私はふっと─寮の前に立っていた。
見慣れたはずの玄関。
けれど、あれから踏み込めなかった場所。
足元にはうっすらと雪が積もり、吐く息は白く溶けていく。
その静寂の中、ドアの向こうからは、
楽しそうな笑い声や、クリスマスソングの音が聞こえていた。
──でも、私は動けなかった。
ただいまって、言えない。
おかえりって、言ってもらえる自信なんてない。
潜入任務で、この場所を離れてから……
私はあまりに多くのものを、自分の手で裏切ってきた。
ドアノブに触れようと伸ばした指は、
すぐにその場で止まってしまった。
──怖い。
ほんの少し、目を閉じた。
気づかれずに帰ろうか、なんて思った矢先だった。
「……想花お姉ちゃん?」
小さな声が、背中から響く。
その一言に、心臓が跳ねる。
振り返ると──
そこにいたのは、
サンタの赤いワンピースに身を包んだ壊理ちゃんだった。
帽子の先に白いポンポンがついて、
雪より白い髪が、ふわりと揺れている。
隣には、黒いコート姿の相澤先生。
彼も、こちらに気づいたまま何も言わず、ただじっと立っていた。
「……ほんとに、お姉ちゃんだ……!」
壊理ちゃんが目を潤ませたかと思うと、
次の瞬間、駆け寄ってきて、思い切り私の胸に飛び込んできた。
「…やっと……、会えた……っ」
声を震わせながら、
壊理ちゃんは小さな手で、私の背中を必死に掴んでいた。
「いきなり、いなくなって……ずっと、どこに行ったのか分からなくて……! でも、……でも……っ」
泣きながら、言葉が途切れていく。
私の胸の奥に、張りつめていた糸がほどけた。
何も言えないまま、壊理ちゃんの頭をそっと撫でる。
「……“サンタさん”がね。願いを叶えてくれるって言ったの」
ぽつりと、彼女が呟く。
「お姉ちゃんに会えますように」って──
毎日、毎日、お願いしてたのだと。
私はもう、何も言えなかった。
ただ、壊理ちゃんを抱きしめたまま、
涙が落ちないように、そっと目を伏せた。
──ありがとう。
そう、心の中で何度も繰り返す。
壊理ちゃんの隣で、相澤先生が目を伏せていた。
見守るように、一言も発さず。
だけどそのまなざしが、許されてる気がして、
私はやっと、この場所に“帰ってきた”実感を、胸に宿した。
