第21章 君に贈る、ひとときの奇跡
群訝山荘、夕方の一室。
木の床に座布団代わりのクッション、散らばった雑誌、開けっぱなしのスナック菓子。
日が傾いても、いつもと変わらぬ空気が流れていた。
「ちょっと見てよ仁くん、描いてみました。あっちが“しっかり者”のあなたでぇ、こっちは“やらかす方”のあなた♡」
「うわぁ〜!どっちも俺だ!これは名作だ、飾ろうぜ!」
「それ俺にくれよ、トガ」
「荼毘は自分の描かれてないからって嫉妬? ねぇねぇどうする、燃やす?」
「……くだらねぇこと言ってないで菓子の袋閉じろ、湿気るだろ」
誰もが適当に笑い、適当に構って、ゆるく生きている。
──その中に、私はいた。
クッションに膝を抱えたまま、時折誰かに相槌を返しながら。
けれど、思考はそこにない。
(……“今夜”は、どう動こう)
今この瞬間も、時間は進んでいる。
動き出せるのは、ほんのわずかな隙間だけ。
幹部たちの動き――戦士たちの動向――
すべてを計算して、何度も心の中でなぞってる。
ポケットの中の巾着袋。
そこに手を入れ、そっと確かめる。
(……期限までに行かなきゃなのに……っ)
──不意に。
「……今日の君、やけに“声”が遠いねぇ」
目の前に立ったのは、コンプレスだった。
ソファの背に肘をかけ、私を見下ろすように。
「……騒がしすぎて疲れた?」
『……うん、そんな感じ』
「なるほど、なるほど」
どこか芝居がかった声音で笑った彼は──
ふと、私のポケットに目をやった。
「……ん? それ、何?」
『っ……』
咄嗟にポケットを押さえ、視線を逸らす。
余計なものは見せない。
見せちゃいけない。
『……飴玉』
「ふふ、それにしちゃ形が渋いなあ。和三盆かい?」
『……あめ、だってば』
「へぇ。じゃあ今度、お茶請けにいただこうかな」
言葉の端に、探るような鋭さが混じった。
それでも彼は、それ以上は言わなかった。
──けれど、気づいていた。
彼だけは。
この中で唯一、
“私の仮面の下”を、ほんの少しだけ知っている男。
そして今も、私の嘘に気づきながら、知らぬふりをしてくれている男。
(……お願い、気づかないで)
願いながら、私はもう一度、ポケットを強く握った。
巾着の中にこもるあたたかさだけが、
この場所で、唯一“信じられる感触”だった。