第1章 【僕にできること】
その会話のきっかけが自分から漏れ出ている
甘い香りのせいだと知っている俺は、
背中に嫌な汗が伝わるのを感じていた。
αではないβのメンバーにすら、
うっすらと異変を感づかれ始めるなんて……
ヤバい……ちゃんと抑制剤効いてへんのかな……
わちゃわちゃと盛り上がる3人の楽しげな声を
遠くに聞きながら、俺はポケットの中にある
薬のシートを、誰にも気づかれないよう
ぎゅっと、握りしめた。
永瀬『……先、上がるわ。お疲れっした』
3人『あっ、うん、おつかれー』
平野『俺もお先!』
髙橋『えっ、あっ、紫耀も? 珍しいー。
カノジョとデートとか?(笑)』
平野『うぜぇわ!(笑)』
表面上はいつもの軽いノリで返しながらも、
紫耀の視線が鋭く自分に向けられているのを
肌で感じていた。限界が来る前に逃げ出せるように楽屋を後にする。
*
平野『……廉!』
エレベーターのボタンを押し、表示される階数を
じっと見上げて待っていると、背後から荒い足音が
近づき、紫耀が駆け寄ってきた。
平野『れん、カラダ……しんどいんだろ?』
周囲を警戒するように声を低め、覗き込んでくる
紫耀の瞳には、焦燥の色が浮かんでいる。
永瀬『……さすが、紫耀の目はごまかせへんな苦笑
けどまだ、周期は来とらんのに……何でなんやろ』
平野『……廉。今日この後、時間空けて』
誤魔化すように弱く笑ってみせた俺の手首を、
紫耀は逃がさないと言わんばかりの強い力で
固く掴み取った。その体温が、掴まれた部分から
じわじわと肌へ伝わってくる。
平野『廉、話したいことがある。
……多分、早い方がいい』
いつもと違う紫耀の真剣でどこか重苦しい
眼差しに、俺は喉の奥を詰まらせ、
ただ無言で頷くことしかできなかった。