第1章 【僕にできること】
「……番関係を解消されたΩのヒートは、通常の錠剤の抑制剤では抑えきれません。根本的なケアには静脈注射管理で抑制作用効果を高める必要があるんです。ですが、医療従事者でもない家族や第三者が安易に行える処置ではありません」
静脈注射――。
それは専門的な知識と国家資格がなければ許されない医療行為だった。
医師の話を聞き終えた海人は、静かに診察室を後にした。
病室のベッドでは、激しい熱と痛みに耐えかねて意識を失った廉が、小さな寝息を立てている。その首元には、かつて誰かのαに強く噛みつかれ、そして無理やりに引きちぎられたような、痛々しい番の解消痕が隠されていた。
(廉……ずっと一人で、こんな痛みに耐えてたの……?)
隠されていた真実。そして、自分にはどうすることもできない「αとΩ」という世界の壁。
けれど、悲しんでいる暇はなかった。海人の心の中に芽生えたのは、絶望ではなく、揺るぎない覚悟だった。
「錠剤がダメで静注が必要なら……俺が打てるようになればいいんだ」
βだからフェロモンで包んであげることはできない。番になって運命を分かち合うこともできない。だけど、βだからこそ冷徹なほど客観的に、そして誰よりも近くで彼をケアすることができる。
ヒート期、いつでも側にいて静注してあげられるように。
辛い時に誰よりも早くその痛みを取り除いてあげられるように。
海人は決意した。看護師の資格を取ることを。
――数日後。
体調が回復し、仕事に復帰した廉は、楽屋で勉強本を開いている海人の姿を見つけた。
「海人、なにしてんの? めっちゃ難しい本読んでへん?」
「あ、これ? んー……ちょっとね! 資格とりたいなーって思って」
海人はいつものようにふにゃりと柔らかく笑ってみせた。
「資格ぁ? なんの?」
「秘密! でもね、廉がまた体調崩した時に、俺が真っ先に助けられるような『最高の相棒』になるための資格だよ」
「なんやそれ、意味わからんわ」
廉は「変なの」と呆れたように笑ったが、その瞳には海人の優しさに対する温かな光が宿っていた。自分がΩであることも、番を解消してボロボロだったことも、海人には何一つバレていない――そう信じて疑わない廉。