第1章 【僕にできること】
――ほんの十数分前。
医師から告げられた言葉が、海人の頭の中で何度もリフレインしている。
『お連れ様はパートナーですか?』
『え……あ、はい。仕事のパートナー(相棒)ですけど……』
『そうでしたか。Ωである彼が番を解消した直後のヒート症状です。αのパートナーであるあなたから、もっと身の回りのケアをしてあげてください』
その時のショックと困惑は、息が止まるほどだった。
廉がβではなくΩだったこと。
自分たちに何も言わず、陰で誰かのαと番を結び、そしてそれを解消して一人でこの凄惨な痛みに耐えていたこと。
問い詰めたい気持ちや、「なんで言ってくれなかったの」という寂しさがこみ上げた。けれど、病室で小さく丸まり、どこか怯えたように「貧血」という嘘に縋ろうとする廉の姿を見た瞬間、海人は悟ったのだ。
廉は、自分に嫌われたくなくて、二人になったこの場所で迷惑をかけたくなくて、必死にβのフリをしているのだと。
(廉が隠したいなら、俺は“知らないふり”をする)
海人は優しく廉の額に触れ、濡れた前髪を払った。
「緊急でしたので今は筋注で落ち着かせましたけど、パートナーならもっと番った責任を全うしてください…!」
処置室の前の廊下で、医師から強い口調で詰め寄られ、海人は呆然と立ち尽くした。
「えっ…番っ…た? れん…いや、永瀬はβで…。…パートナーって、、仕事上の意味じゃ…?」
頭の中で単語が上手く結びつかない。廉がβではなくΩ? 番? 一体なんのことだ。混乱する海人の表情を見て、医師はハッと息を飲み、自分の失言に気づいたように慌てて深く頭を下げた。
「す…すいません、忘れてください!! 切迫していたとはいえ、軽率でした。。」
個人情報であり、センシティブな属性に関わることだ。これ以上は話せないと立ち去ろうとする医師の背中に、海人は咄嗟に声を張り上げた。
「…実は今日だけじゃなく、仕事中に突然汗をかいたり、最近の永瀬のこと、僕も心配していて…。先生、お願いします。教えてください! βの僕が、彼のためにできること…ありませんか?」
真剣な海人の眼差しに押され、医師は静かに溜め息をつき、周囲を気にしながら口を開いた。