第11章 新入りさん入ります
「あ。はい。キイテマス」
「?やるきないなら帰って」
「ゴメンナサイ。やる気アリマス」
なんとなく気まずくなって片言になっているあたしに怪訝そうな表情を一度向けた後、再びその視線は問題種へと移った。
それにつられてあたしも目の前の問題集に集中することにした。
余計なことは考えない。
蛍があたしのシャーペンを机の上にコトッと置く。
差し出されたそれを急いで握り直して、白紙のノートに視線を落とした。
さっきまでぼーっとしていた頭をフル回転させる。
公式を頭の引き出しから引っ張り出して、問題文の数字を当てはめていく。
……合ってるかな。
おそるおそるシャーペンを動かすあたしの手元を、すぐ隣から蛍が黙って見つめている。
その無言の視線が、なんだかいつもよりやけに背中をムズムズさせた。
「……できた」
恐る恐るノートを蛍の方に差し出す。
蛍は視線だけで私の書いた数式を追い、それから、ふっと短く鼻で笑った。
「何その不服そうな顔。合ってるよ」
「本当!? やった!」
「ただ、文字の書き方が汚くて途中から数字を見間違えそう。本当に、その無駄にいい記憶力がなかったら、とっくに赤点だよね」
「いいじゃん、合ってたんだから! 蛍の教え方が天才的なおかげだよ、ありがと!」
あたしが大げさに両手を合わせて拝んでみせると、蛍は少しだけ面食らったように瞬きをした。
いつもなら「調子いいこと言わないで」とか冷たくあしらってくるはずなのに、一瞬だけ言葉に詰まったような、妙な間が空く。
「……別に、普通に教えただけ。鈴がアホすぎるから、これくらい噛み砕かないと理解できないでショ」
そう言って、蛍はフイと顔を背けてしまった。
メガネのフレーム越しに見える耳の先端が、ほんの少しだけ赤くなっているように見えたのは……あたしの気のせいだろうか。
「何それ、せっかく素直に感謝してあげたのに!」
「感謝する暇があるなら次の問題。テストでこれと似たようなのが出たら、絶対に落とさないでよ」
「わかってます!次、どんと来い!」
いつもの小生意気な蛍の口調に戻ったことに、なぜか心の底からホッとしている自分がいる。
でも、さっき一瞬だけ感じた、心臓が跳ねるようなあの感覚の理由は、まだ私にはよく分からなかった。