第2章 Episode 00
月が満ちた夜のこと。エミリーはその日珍しく規則を破って、月見と称し夜食をつまんでいた。夜まで片付かない書類仕事をやっと終わらせ、寝付けずに隊舎から抜け出してきたのである。宿直している門兵に見つかれば、また面倒臭いことになるだろう。
「来月は壁外調査か...今回は前回から1年以上あいたな....」
ぼぅっとしながらそう独りごちて、次の壁外調査のことを考える。また、多くの犠牲者が出るだろう。エミリーは自分がいつ死んでも良い様に、調査前に毎回遺書を用意している。まだ書き足りないことがなかったか、月を眺めながら考えていた。
"ガサガサッ"
「...!」
すると突然、兵舎の入り口の方から誰かがこちらへやって来るに気がついた。巡回をしている宿直の兵士だろうか。規則を破って抜け出しているエミリーはついてないなと落胆しながら、その人の方へ向き直る。
「やばい...って、エルヴィン班長...?」
「...あぁ、エミリーか。...どうしたんだ、こんなところで」
「班長こそ、今日は休暇申請で外泊されると伺ってましたが...戻られたのですね」
「...あぁ」
どこか具合が悪そうで倒れてしまいそうな上官のエルヴィンに、エミリーは近くに駆け寄り彼を支える。近くで見ると顔はほんのり赤く、酒の匂いもした。普段は顔色ひとつ変えずに酒を飲む普段の彼との違いに少々戸惑いながらも、まずは酔い覚ましにと食堂へ立ち寄った。汲んできた冷たい水を渡して様子を伺っていると、礼装に身を包む彼の姿に新鮮さを覚える。
「その格好は、お祝い事ですか?随分と飲まれたんですね」
「あぁ...結婚式だったんだ。旧い友人達の」
「ご友人の...」
恐らくそれは以前彼を訪ねてきた憲兵のナイルという人物のことだろう。あの時預かった手紙は結婚式の招待状かと、エミリーは一人で納得した。
「訓練兵時代の同期とかですか?」
「あぁ。君とスーザンの様な、仲の良い同期だったんだ」
エルヴィンはどこか懐かしそうな表情でそう話すと、エミリーから受け取った水を一杯飲み干す。まだ酔いは覚めきっていない様だった。
「結婚とは、おめでたいお話ですね。班長もご結婚を考えたりされてるんですか?」
「私は...これから先も所帯を持つことはないだろう。調査兵はいつ死ぬかも分からないからな」
