第9章 𝕎𝕒𝕥𝕖𝕣 ℍ𝕪𝕒𝕔𝕚𝕟𝕥𝕙
『わかってる、知ってるから』
いいや分かりたくもない、シラを切り続けるべきだった。項垂れた小さな背中を擦りながら思う。
何考えてんだよ
泣きじゃくる ひかりちゃんを抱えて、あっという間にアパートへと飛ぶ。目の下を真っ赤にした彼女は頼りない足取りで、室内へ入るなり床へとへたり込む。
同じ目線までしゃがみ込み、海の底のような静寂に声を落とす。
『どうしたの、足に力はいらない?』
「……大丈夫」
なにが大丈夫なのか、 ひかりちゃんは立ち上がって洗面所に消えていく。 その隙に頭の中で先程目にした光景を呼び起こす。
…告られ、告って、断る。
『…いや意味分からんッッッ』
両想いなのに断る理由ってなんだ?オレのため…ってことはまずないとして、気持ちがそこまでじゃなかったとか…?………まぁ不採用だよな
…ホント何考えてんのか…
って、オレまでシケた顔してどうする
結果付き合わなかったんだから、焦凍くんには気の毒だけどオレにとってはラッキーだろ
『…!』
物音が聞こえ、振り返ればいつの間にか ひかりちゃんが立っていた。じぃっとオレを見つめ首を傾げたあと相好を崩す。
「なんかいきなり泣いちゃってごめんね!ちょっと色々感情的になっちゃったというか…もう全っ然平気だから!」
『それなら、いいけど…』
なんとなく歯切れの悪い返事になってしまう。酷く腫らした目元が本音を物語っている。エグられたように痛む胸を必死に堪える。
ひかりちゃんはベッドに腰を下ろして顔だけをこちらへ向ける。
「轟くんとは少し揉めちゃっただけだから気にしないで
それに今日は本当に楽しかった!体育祭のことばっかで息詰まってたからこうやって出掛けられて気持ちが楽になったもん。今日はありが…」
『待って、オレのこと追い出そうとしてる?』
肩が揺れる。
お互い黙り込み、まどろむような沈黙が訪れる。 ひかりちゃんは笑顔のつもりだろうけど、その表情はしっかりと憂いを帯びていた。
オレはこの子の性格をよく知ってる
良くも悪くも考えすぎるせいで容量が悪く、とにかく超のつくほど不器用
ベッドに近寄って、オレがプレゼントしたドレスを纏った彼女の体を深く抱き締める。鼻腔を掠める香りだけで酔いそうになる……