第34章 天女のノート ーお狐さまと未来から来た天然姫ー 【光秀】
「私は感謝してますよ、今日は本当にありがとうございました」
光秀を見上げながら率直に感謝を伝える名無し。
「光秀さんも、直接的ではなくても感謝されていると思いますよ」
何の気なしに言っただけだろう。
だけど、まるで咲きたての花のように無垢な表情で、無邪気に放たれた言葉は、光秀に強く響いた。
決して大げさではなく、バーンと胸を衝(つ)かれたかのように衝撃的で…。
辺りの音は一切耳に入らなくなり、
何も言えず、何の表情も取り繕えず、
ただ目の前の名無しを見つめることしかできなくなった。
……………
…………………
(俺は、この言葉が欲しかったのか…)
光秀はそう思い至ると、急に目の前の名無しがある意味恐ろしくなる。
(この俺が、たかが小娘に感情を動かされるとは…)
湧き上がる思いは悔しさとも憤りともつかない。
「……もう……くだらぬ化かし合いは終わりだ」
「え?…」
(お前の正体、今すぐ暴いてやる)
光秀は唇の端を上げて笑みを作り、名無しの小さな肩を抱いて引きずっていき、古い蔵へと連れ込んだ。
後ろ手に扉を閉めてから、ゆっくりと壁際に追いやる。
問い詰めてみると、名無しは声を震わせながら自分が上杉ゆかりの姫であることを認めた。
「やっぱりな」
名無しの両脇に腕をついて逃げ場を塞ぐと、彼女はまるで猛獣に睨まれた小動物のようにぎゅっと身を縮こませる。
そんな様子は光秀の嗜虐的な欲望に火をつけた。
(何やらこれは…妙に病みつきになるな…)
「私を…拷問するんですか?」
そんなことは微塵も考えておらず、光秀は少し驚く。
「お前を拷問?なぜ?」
「私が敵方の姫だから。口を割らせるために」
怯えながらもキッと見上げてくる名無し。
(いい顔だ。もっといじめたくなる)
「拷問以外にも口を割らせる方法はあるぞ。試してみるか?まりあ」
戯れにそんなことを言ってみれば、名無しの顔はさらに歪んでいく。
(打てば響くような反応…面白い…それに…愛らしい)
引き寄せられるように手を伸ばして、名無しの顔にかかった髪を撫でよけた。
名無しの目は泣き出しそうに潤み、緩んだ唇は無防備に開いている。
普段の間抜けでふにゃりとした表情とは一変していて…。