第34章 天女のノート ーお狐さまと未来から来た天然姫ー 【光秀】
マズい相手に会ってしまった、
そう顔に書いてあるかのような激しい動揺ぶり。
上杉ゆかりの姫だということを必死に隠そうとして目が泳ぎ、ちょっと質問してみればすぐにボロが出そうになるのが、おかしくてたまらない。
一応は警戒していたようだったが、光秀は巧みに言いくるめて行動を共にした。
失くした大事な風呂敷包みを一緒に探してやり(いつ、どこで名無しが置き忘れたのか光秀は知っていたが)、
3人の男に襲われかけたのを護り、納品先の旅籠まで無事に送り届ける。
一連の出来事を通して、ガチガチだった名無しの態度が解け、次第に心を開いていくのを感じた。
(やはり無防備すぎる。思考も感情もすべて丸出しで、よく今まで無事に生きてこられたものだ)
呆れると同時に、庇護欲が妙にくすぐられてしまう。
そして、光秀の中で別の思いが芽生えているのを自覚していた。
素直で愚直なこの娘といると、何とも愉快な心地にさせられる。
狐のちまきを光秀だと思い込み、おそるおそる話しかけている名無しを見た時、あまりのおかしさに顔が勝手に緩むのを抑えきれなかった。
光秀にとって笑顔とは繕うもの。
笑顔だけではなく、すべての表情は駆け引きの道具に過ぎなかった。
それなのに、心の底から溢れる笑いの感情によって表情が制御できないなんてことは初めてだった。
(どうやら名無しは俺とは対極の人間らしい)
駆け引きと陰謀が渦巻く凄絶な生き方を選んできた光秀にとって、名無しのむき出しの思考に触れるのは心地よく、その素直さは太陽のように眩しい。
(…これは癖になりそうだ)
名無しの捜索を信長が『療養』と言ったのは、こういうことだったのかもしれないと光秀は思い当たった。
旅籠の女将の名無しへの感謝の涙を見た時、なぜか光秀の心は強く打たれ、
「――なかなか良いものだな、感謝されるというのは。俺は恨まれ憎まれ、恐れられることは数あれど、感謝されることはまず無い」
自然とそんな言葉が口をついて出た。
すると名無しは光秀の前に回り込み、歩みを止めさせる。