第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「……気をつけろよ、これからは」
「はい」
「そんで、なんか着ろ。俺も目のやり場に困る」
「そうですよね。あ、でも下はちゃんと履いてますよ」
「そうじゃねぇよ。風邪引くだろが」
「ちょっと待っててださいね。急いでなんか着て来ます」
慌てて部屋の中へ入っていく後ろ姿。細い生足とバスタオル越しからでもわかるきゅっとくびれた体のライン。想像以上に胸がデカかったとかそういうことだけは見てないようで見てるとか自分が情けなくなる。
成り行きとはいえマジで俺、何やってんだよ。あいつが戻るまでの間の時間はなんとも居た堪れない気持ちだった。
「お待たせしました」
「いつも鍵かけてねぇのか?」
「いえ、すっかり忘れてました。荷物が多くてそれで鍵かけ忘れてたみたいで」
「お前、俺以外だったら襲われてんぞ?」
「でもここの住んでるのを知ってるのは限られてますよ」
「そうだろうけど誰がどこで見てんのか分かんねぇだろ?」
「平気です。向こうでも満員電車に乗ると痴漢に遭ったりして何人か急所潰して警察送りにしましたから」
「マジかよ…。関西の女ってみんなそうなのか?」
「まぁ強い女性が多いですよね。兵庫県といってもどちらかといえば大阪寄りなので」
「へぇ。そりゃ強そうだな…って忘れるとこだった。これ、朝飯に食えって」
「サンドイッチ?」
「そう。普通に美味いから」
「ありが…、え、待って、重…」
「沢山作ったって言ってたわ」
「こんなに、私食べれるかな」
「うちのは特に具沢山だからな。けど食えんだろ、そんくらい」
とは言ったものの保冷バックはずっしりと重くてそりゃ女子からしたら食いきれない量だわな。どう考えても。
「あの、もしよかったら今少し食べていきます?…さっき丁度紅茶淹れてて」
「晩飯食ったとこだけど、全然食えるわ」
「ほんとですか?」
「嘘言ってどうすんだよ」
「じゃあここじゃなんなんで部屋に入ってください」
「いいよ、ここで」
「ダメです。ちゃんと座って食べなきゃ」