第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
気不味いドアの前。このまま置いて帰ろうとも思ったけど一応食いもんだしな。やっぱ直接渡した方がいいよなっていつものお節介な自分が顔を出す。だけど一度目のインターフォンは無反応だった。
「いねぇのか?」
部屋には灯りが灯っていたのを確認していたからいるんだろうけど、そう思って二度目のインターフォンを鳴らす。
「おかしいな…」
不審に思ってドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。すぐに“今行きます”と慌てたような声がしたのが聞こえ思わずドアを開けてしまった。そして見えた光景に絶句。玄関に向かってきた姿は風呂上がりだったのか薄いピンク色のバスタオルだけを纏っていた。
「ば…っ」
想定外すぎる光景に声にならない声だった。開いたままの口が塞がらない。
「今、お母さんからのメールを見て慌てて。ごめんなさい、着替える時間なくて…」
白い素肌に拭き残した雫が伝っていくのがスローモーションに見える。けどすぐにハッと現実に戻って開いたままの扉を慌てて閉めた。
「こんな格好してドア開けんな、バカ!」
もっとマシな言い方なかったのかよって後になって思うけど、その時はなぜか必死だった。俺の大声にビクッと体を竦めて目を丸くして俺を見た。
「……悪い。いきなりでかい声出して。…俺も、ちょっとびっくりしたから」
「いえ、私がこんな格好で出ちゃったのが行けなかったから。でも折角来てくれたのに顔見れないが寂しいなって」
一瞬だけ、ほんとに一瞬だけその困ったように笑う表情にグラつてしまいそうになった。可愛いとかそんなん端的な感情じゃなくて。真っ直ぐに見つめる視線に耐えられなくて目を逸らす。