第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
“入ってください”とやや強引に部屋に連れて行かれる。そしてその時に気付いた。女子の部屋に来たのが今日初めてだってことに。
「……お邪魔、します」
「まだ散らかっててごめんなさい」
「別にいいよ」
この前部屋ちらっと見た時よりはものも増えていて家具も揃い部屋らしくなっていた。女子の部屋には行った事もなかったけど媚びてない部屋というか割とシンプルだった。壁掛けには初めて会ったときに被っていたベレー帽。色々ありすぎた数日のせいでそれさえもどことなく懐かしく感じる。
「じゃここで待っていてください。紅茶淹れてきます」
一人用の小さなテーブルの前に座る。TVは俺がさっきまで見えていたバラエティ番組が流れている。あんだけ嫌がってた割には誘いも断らなくてなんでこんな自分をコントロール出来ねぇんだろ。急に緊張感が高まって変に萎縮してしまう。後で後悔するって分かってるのにいつも真逆の選択をしてしまうのはそれ以上に好奇心が勝るから。その理由は自分でも分からない。
「お待たせしました」
お盆には二つのマグカップと母さんお手製のサンドイッチが皿に並んでいる。
「別に皿になんて使わなくていいのに」
「そういうわけにはいかないです。紅茶、お砂糖入りますか?」
「いや、いい」
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだよ」
「昼間の及川さん、面倒くさいタイプでも実はすごい人だったりします?」
「バレーの実力はだけはある」
「セッター顔ですね」
「なんで分かんだ?」
「切れ者って顔してるから。なんとなくですけど」
「あの面倒くさい性格さえなけりゃいいんだけどな」
「だからいいんですよ。何考えてるのか読めなくて。セッターには持ってこいのタイプじゃないですか。…ま、でも及川さんには塩対応でいきますけど」
「別に及川に惚れたって俺はいいんだぞ」
「あ、それは死んでもないです。全然タイプじゃないので」
「言い切るんだな」
「眼中にないです」
「あんだけ必死にアプローチしてんのに気の毒だな」
「だって私が好きなのは一さんだけだから。アプローチされても気持ちは変わりません」