第35章 約束
宇髄さんとそれ以来その話はしていない。
それでもひとつ屋根下で顔を合わせるのだから必要最低限の会話はするが、気まずくなったのは間違いない。
でも、宇髄さんの視線がどことなく…前の宇髄さんに近くなってきていることが分かる。
── 天元が……もしまたあんたのことを好きになってしまったらどうするつもり?
瑠璃さんの言葉が頭を何度も反芻する。
まさか…。まさかだよ。
そんなことない。
彼はただ性欲が溜まっていたのだろう。奥様達がいらっしゃらなくて欲の矛先がなかった。
だから私を抱いたまで。
私も彼に抱いて欲しくなってしまったのだから文句は言わない。
だから…そんなことない。
そんなことないよ。
気まずくなったとしても私はやることがたくさんある。
そして宇髄さんもたくさんある。お互いやるべきことをやっていれば自然と会うのは食事の時くらいだった。
でも、どちらかともなくその時間になると示し合わせたかのように居間に向かい、一緒に食事をする。
会話はあまりないけど、私たちの日常になりつつあった。
そして、もう一つ私の日常になりつつあること。
それは…
「また来たのか!!帰れ!!この恥晒しが!」
「ち、父上…!やめてください!ほの花さん。すみません…!!」
「杏寿郎さんとのお約束なので薬をお持ちしただけです。すぐに帰ります。」
あれから定期的に煉獄家へこうやって薬を持って来ているのだが、もちろん愼寿郎さんにはこうやって罵られて玄関先で追い返される。
その度に千寿郎くんが申し訳なさそうに頭を下げるものだから、彼が一番不憫だ。
やめてもいいだろうかと思ったこともあるけど、死ぬ間際にしたためた彼の想いを無碍にすることはできなかった。
罵詈雑言を言われることは何にも苦ではない。
これよりももっともっとつらいことを経験しているから。
私にとってこんなことは大した事案ではない。
「捨てちまえ!そんな薬!殺されるぞ!」
「ち、父上!!」
「私は薬で人を殺めたことは一度もありません。」
記憶は抹消したが、人を殺めたことは一度たりともない。商売道具で人を殺めればいつか自分の首を絞めることになる。
だから私は解毒剤は作っても毒を作ったことは一度もないのだ。