第4章 繋がり
東堂がゆっくり息を吸う。
「胸を膨らませるな。腹の奥へ空気を落とすつもりで吸え」
香久夜も真似する。
「すー……」
「そうだ」
「……」
「今度は吐け」
「はぁ……」
「力を抜くな。丹田だけは残せ」
香久夜は何度か繰り返した。
吸って。
吐いて。
吸って。
吐いて。
すると——
「……あれ?」
香久夜の眉がわずかに寄った。
「どうした?」
恵が聞く。
「なんか……身体の中が、静かになった」
東堂が頷く。
「それがフラットな状態、“自然体”だ」
「自然体?」
「余計な力が入っていない。身体の中心だけが安定している」
東堂が一歩横へ動く。
「こうなれば、前にも後ろにも、右にも左にも動ける」
すっと身体が沈み、そのまま滑るように方向を変える。
香久夜が真似をする。
「……!」
思ったより軽く身体が動いた。
「できた!」
香久夜の顔がぱっと明るくなる。
そのまま東堂のもとへ一歩踏み込み、顔を上気させて手をパタパタと喜びを表現した。
「できた! 東堂くん、できたよ!」
「おお!」
東堂は一瞬驚いたものの、豪快に胸を張った。
「そうだ! お前はできた!」
「すごい!」
「当然だ! 俺の指導だからな!」
「ありがとう!」
「うむ!」
近づいて喜んでいた時、香久夜の鼻にはあの匂いがかすめた。
(……あ、すごく良い匂い……あったかくて、お母さんみたいな…)
あまりにも無防備に東堂の体温と匂いにうっとりと目を細め、吸い寄せられるように距離を詰める香久夜。
恵の表情がピキリと固まった。
「……センパイ」
「何だ、伏黒!」
「指導は終わりでいいだろ」
「まだ始まったばかりだ!」
「香久夜は休ませます」
「しかし、今の感覚を身体に刻み込むには——」
「休ませます」
恵の声が、氷のように低くなる。
その目には、猛烈で不機嫌な嫉妬の色が宿っていた。
東堂は恵を見て、それから香久夜を見おろす。
「……む」
東堂から一歩離れたのは、どこか残念そうな顔をした香久夜だった。
包み込まれるようなその良い匂いと包容力に、もう少し浸っていたかったのだ。
だがその時。
「ちょっと〜不良生徒たち、勝手にいなくならない〜。探してないけど探したよ」
道場の入口から、聞き慣れた声がした。