第3章 香久夜の過去
「……いただきます」
三人の声が、ほとんど同時に重なった。
朝の光が、カーテンの隙間からリビングへ細く差し込んでいる。
テーブルの上には、五条が用意した朝食。
焼き魚に味噌汁、卵焼き、白いご飯。
一見するときちんとした和朝食なのに、なぜか一品だけ、明らかに場違いなものが混ざっていた。
「先生」
「ん?」
「なんで朝からプリンがあるの?」
香久夜が、テーブルの端に置かれた小さなプリンを指差す。
五条は味噌汁を飲みながら、何でもないことのように答えた。
「デザート」
「朝ご飯の?」
「朝ご飯の」
「……子供みたい」
「え、ひどくない?」
向かいに座っていた恵が、箸を動かしながらぼそっと言った。
「自分で買ったんだろ」
「ぶぶー、手作りです!」
「え、先生すごい」
「〜昨日のチキン南蛮美味しかったよ〜」
「ほんとですか!よかったね、恵くん!」
香久夜が喜んで勢いよく恵に顔を向ける。
その声に、ダイニングテーブルの端で黙々と味噌汁を啜っていた恵の肩が、跳ねるように跳ね上がった。
箸を動かす手がピタリと止まる。
「……おう」
視線は自分の茶碗のフチか、あるいはそこに浮かぶ豆腐の小片に固まったままだ。決して香久夜の顔を見ようとはしない。固まったような恵。
(どんな顔したらいいんだ)
香久夜が何の疑いもなく無邪気に向けた、純粋な笑顔。
それが今の恵には、直視できないほど眩しく、そして酷く胸を刺す毒のように思えた。
「……恵くん?」
返事の素っ気なさと、頑なに目が合わない違和感に、香久夜が首をかしげる。
恵は引きつった顔のまま、逃げるように味噌汁を勢いよく飲み干した。椀をテーブルに置く音が、静かなリビングに少しだけ高く響く。
「……お茶、飲みますか」
「ん?あぁ、大丈夫」
「…はい」
そう言って一度も香久夜と視線を交わすことなく、恵は立ち上がり、キッチンの冷蔵庫に向かった。
そして、後ろでニヤニヤと笑いながら自分を眺めている五条の視線にも気づかないふりをしながら、その耳たぶだけが、赤く染まっていた。