第3章 香久夜の過去
そこで――目が覚めた。
「……夢……」
息をついて体を起こす。心臓が早くて落ち着かない。
すごい、光だった。
ただの夢のはずなのに、太陽を肉眼で見つめたみたいに目がしょぼしょぼした。
…のど、乾いた。
ついでにトイレにも行こうと思って、ベッドをそっと抜け出した。
静かな廊下。五条先生の家は広すぎて、夜中は余計に心細い。
…先生、まだ帰ってきてないんだ。
窓の外を見ると、細い三日月が登っていた。
その光は眩しくなくて、暗い廊下を照らさない。
一人で歩くのはやっぱり怖くて、早足で用を済ませて戻ろうとしたとき――
「……どこ行ってた」
低い声がして、思わず飛び上がった。
「え、あ、ト、トイレ……!」
振り返ると、伏黒恵くんが眠たそうな顔で立っていた。髪はぐしゃぐしゃで、目も半分閉じてるのに、真っ直ぐこっちを見てる。
「勝手に出るな」
短くそう言って、わたしの腕を掴む。
そのまま無言で部屋へ連れ戻された。
布団に潜ると、伏黒はすぐに横になった。
……と思ったら。
次の瞬間、ふわりと腕が回ってきた。
背中に感じる温かさと、強くはないけど確かに力のこもった抱擁。
「え……」
驚いて息を呑む。
恵くんの胸のあたりに頬がぴたりとくっついて、体温がじかに伝わってきた。
おまけに、彼の呼吸がかかる。熱くて、くすぐったい。
「ちょ、ちょっと恵くん……?」
囁いてみるけど、返事はなくて。
代わりに、彼の指先がわたしの腕を軽く掴んだ。逃げられないように。
「…っ、!」
たぶん……寝ぼけてるんだ。
そうじゃなきゃ、こんなこと――。
「……どうしよう」
心臓がうるさくて眠れない。
今は、ただただ息が詰まりそう。
月の夢の残像と、恵くんの腕の重み。
どちらも胸に残って、瞼を閉じても眠れそうになかった。