第3章 香久夜の過去
「今日から二人とも、僕の部屋に住んでもらうから」
「……は?」
恵が不機嫌そうに眉をひそめる。
「なんすかそれ。俺は高専の寮に——」
「高専の寮も、もう安全とは言えないんだよね」
五条は静かに、けれど決定的な事実として告げた。
「ちょーっと厄介な連中が香久夜の身柄を狙ってコソコソ動き出したみたいで。僕の不在に何かあったら、大変でしょ」
五条の言葉に、ハッと香久夜が息を呑んだ。
自分の存在が、また誰かに危険を及ぼそうとしている。両親を失った過去の記憶が、一瞬だけ香久夜の胸を掠めた。
だが、すかさず恵が香久夜の前に一歩踏み出し、彼女を庇うように背中で遮った。
「……厄介な連中って、内部ですか。」
「まだわからないけど、その可能性も大いにある。だから、僕の管理下置くのが一番安全。僕のマンションなら結界も特製だし、何より僕がいる」
五条はニッと意地悪く笑うと、恵の肩にポンと手を置いた。
「どう? 恵。さっき『俺のところに来い』って言ったばっかりでしょ? これで毎日、目の届く場所に香久夜を置いておけるじゃん。感謝してよね」
「……っ、煽るな」
恵は顔を背けたが、五条の提案を拒否することはしなかった。
香久夜が危険に晒されるくらいなら、五条の家で一緒に行動する方が何倍もマシだったからだ。
何より、自分の手の届く範囲に彼女を置いておけるという事実は、恵の胸の奥にある独占欲を静かに満たしていた。
「、荷物まとめるぞ。手伝う」
「えっ、あ、うん! ありがとう、恵くん」
歩き出す恵の後ろを、香久夜が急いで追いかけていく。
二人の背中を見送りながら、五条はサングラスの奥で目を細めた。
(ま、これで安全は確保できたとして……)
五条の頭に浮かぶのは、昨夜香久夜が料理を作りながら見せた、あの「過去の男」を想う切ない表情。
そして、恵と香久夜の間に漂う、本人たちも気づいていない特殊な「結びつき」。
京都校との交流会までに、どこまで二人の距離が詰まるか……楽しみだね。
五条はくすりと笑い、静まり返ったグラウンドで一人、ゆっくりと歩き出した。