第3章 香久夜の過去
「俺のところに来い。……いいな?」
恵の低い声だけがはっきりと香久夜の耳に届いた。
頭から被せられたタオルの隙間から、香久夜は目を丸くして恵を見上げる。
普段の恵は、自分の感情をめったに表に出さない。
感情的になることすら珍しい彼が、いまは周囲の視線など嫌でも視界に入っていないかのように、真っ直ぐ香久夜だけを捉えていた。
(恵くん……すごく、怒ってる……? ううん、違う……?)
怒りとは違う、胸を押し潰されそうなほどの熱量。
「……あ、うん。……ごめんね、恵くん。次は、そうする」
香久夜が気押されるように頷くと、恵はハッと我に返ったように視線を泳がせた。
自分がどれほど素直に、そして周囲の前で隠すこともなく猛烈な執着と嫉妬を剥き出しにしていたかに、ようやく気づいたらしい。
「あー……いや、謝ることじゃ……」
恵がサッと香久夜から手を引き、バツの悪そうに気まずく首筋を掻いた瞬間——。
「ギャハハハハ! 恵、お前、マジで言ってんの!?」
それまで静観していた真希が、お腹を抱えて大爆笑した。
「『俺のところに来い』だってよ! 少女漫画かよお前! 普段すましてるくせに、香久夜のことになると一気に余裕なくなるな!」
「真希さん、笑いすぎです……。まあでも、伏黒くんがここまでストレートに感情を出すのは珍しいかもね」
「しゃけ、しゃけ(そうだ、そうだ)」
乙骨のフォローも棘の煽るような頷きも、先輩たちの容赦ない冷やかしに、恵の顔はみるみるうちに熟したトマトのように真っ赤に染まっていった。
「……違います。が無防備すぎるから、管理上の話をしただけで——」
「管理ねぇ? まあ確かに朝からおんなじ匂いするな〜とは思ったけど、そのタオルで上書きできたかな?」
真希に追い打ちをかけられ、恵はぐうの音も出ずに口を噤んだ。自分の子供っぽい欲求など、先輩たちの前ではバレバレなのだ。
そんなやり取りを、少し離れた木陰から満足そうに眺めていた五条が、パチンと派手に指を鳴らした。
「はーい、甘酸っぱい青春の一幕はそこまで〜! ……で、本題なんだけどさ」
一転して、五条の声から冗談めかしたトーンが消える。
「と恵、今日から二人とも、僕の部屋に住んでもらうから」
「……は?」