第3章 香久夜の過去
「……おまえ、昨日どこにいた」
低い声に、少し体をこわばらせながら、香久夜は言葉を紡いだ。
「えっ……と、五条先生の、おうち…」
「…今朝の服も借りたのか」
「う、うん……先生がベッドも貸してくれて……」
そこまで聞いて、恵の眉間のシワが限界まで深くなった。
手首を握る力は緩めないまま、恵は斜め後ろでヘラヘラと笑っている五条を鋭い目つきで睨みつける。
「先生、あんた、何やってんすか」
「え〜? 僕、困ってる生徒を助けてあげた善良な先生だけど? 部屋で美味しいご飯も作ってもらっちゃったし〜」
「っ……!」
五条のからかうような煽りに、恵の奥歯がガチリと鳴った。
五条に怒りを向けつつも、それ以上に胸を焼き尽くしそうなのは、香久夜に対する「俺以外の男にそんな無防備なところを見せるな」という猛烈な嫉妬と苛立ちだった。
恵は香久夜の手首を離すと、自分の汗を拭いていたスポーツタオルを、ポンと香久夜の頭から被せた。
「ひゃ……っ?」
タオルの下でパニックになる香久夜の頭を、恵は上からガシガシと少し乱暴に撫でる。
自分についた汗と、自分の香りを、彼女に上書きするように。
「……今度そういうことがあったら、俺の部屋に来い。先生のところなんか行くな」
「え……でも、恵くんに迷惑が……」
「迷惑じゃねえ」
タオルの隙間から覗く香久夜の真っ直ぐな瞳を、恵は逃げずに見つめ返した。
その耳の先端が、微かに赤く染まっているのを香久夜は見逃さなかった。
「俺のところに来い。……いいな?」
命令のような、懇願のような、恵の低い声。
香久夜の胸の奥で、昨夜五条に悪戯された時とは全く違う、甘く、胸を締め付けられるような激しい鼓動が「ドクン」と打ち鳴らされた。