第3章 香久夜の過去
昨日、香久夜と話した後。あの足で五条先生の元に向かったのだろうか。
風呂に入る、がなぜ「五条の部屋で夜を過ごす」ことになるのか。
(……なんで俺に頼まねえんだ。)
喉の奥まで出かけたその言葉を、恵は必死で飲み込んだ。
「自分に頼んでほしかった」という欲求自体が、あまりにも図々しく、「監査役」なだけの自分を超えた感情だと自覚していたからだ。
「恵、一回休憩にしよっか〜」
ひらひらと手を振りながら、五条が木陰から歩いてくる。
その後ろから、訓練を終えて少し肩で息をしている香久夜がついてきた。
「恵くん、お疲れ様。……すごく速い動きだったね」
香久夜がすっとスポーツドリンクのペットボトルを差し出してくる。
その距離、わずか三十センチ。
香久夜が近づいた途端、恵の心が静かに熱を帯び、彼女の体温と、そしてやっぱりあの匂いが恵の鼻を突いた。
恵は差し出されたボトルを受け取る際、香久夜の細い手首を、少しだけ強く掴んでしまった。
「っ……恵くん?」
香久夜が驚いて目を丸くする。
恵は香久夜の手首を掴んだまま、じっと彼女の顔を見つめた。
昨夜、五条の指が触れ、耳たぶに唇が掠めたことなど知る由もないが、恵の野性的な直感が「何かが起きた」と警告を鳴らしていた。
「……おまえ、昨日どこにいた」
低く、少し掠れた声。普段の冷静な恵からは想像もつかない、どこか詰問するようなトーンに、香久夜の身体が跳ねる。