第3章 香久夜の過去
香久夜は、ゆっくりとベッドを抜け出す。
迷って、ためらって、でもドアに手を伸ばした。
静かに、ノックを一つ。
「……先生……」
声は震えていた。
情けないくらいに、自分が小さく思えて、泣きたくなる。
けれど、ドアはすぐに開いた。
「あれ? どした?」
眠たげな顔で、髪はぐしゃぐしゃで、でもその顔を見た瞬間、心の中に溜まっていた何かが、ふっと緩んだ。
「……ね、眠れなくて……」
そう言うと、五条はしばらく香久夜をじっと見た。
そして、ぽん、と頭を軽く撫でる。
「……こっち来る?」
その一言で、香久夜はたまらなくなった。
うなずくしかできなかった。
彼のベッドに潜り込んで、少し離れて横になる。
でも、静かすぎて、まだ不安が消えない。
そっと布団の端を引っ張ると、五条がくすっと笑った。
「子どもだなあ、君」
「……ごめんなさい」
「いいよ」
あったかい声が、耳元で落ちる。
次の瞬間、ふわりと肩に掛けられた腕。
その重みと温もりに、香久夜の身体から一気に力が抜けた。