第3章 香久夜の過去
(あーあ、名前呼びに切り替えるタイミング失っちゃった)
無言でお粥を食べる背中を五条が眉毛をハノ字にして眺めていた。
「ま、苗字で呼ぶとかぐや姫って一目瞭然だから、
みんなものことは名前で呼んであげてね」
そう言って一つフォローをする。
伏黒はいつも揶揄う五条が、自分に助け舟を出したようで、少し気味悪がっていた。
ガヤガヤとした食堂で、伏黒は香久夜に自分の服を引かれた。
「……ん?」
「…恵くんも、私のことって呼んでくれる?」
二人にしか聞こえないような小さな声で
少し頬を赤らめてそういった香久夜。
「……っ、め、命令だから。」
「…うん、命令だもん、ね」
二人は視線を合わせないまま、
照れた顔を下に向け、そのまま自分の食事へと向き合った。
*
その日から伏黒は香久夜の世話を焼くようになった。
「水、ちゃんと飲んだか」
「まだ寝てろ。」
「また体調悪くなったら、……ちゃんとすぐ言え」
どれもただの心配の言葉のはずなのに、
その優しさが、香久夜の胸の奥を甘く突いた。
でも、わたしが誰かと話してると――
とくに棘さんとか、真希さんと話していると
伏黒はふいに不機嫌になる。
「お前、狗巻先輩の言ってること分かってんのか?」
「真希さんの誘いは、断れよ。あれ絶対何か裏あるからな」
「……ってか、俺が見てるから、他に頼るなよ」
その言葉に、また胸が鳴った。
――どうしてだろう。なんでもない日常なのに、今のほうが苦しい。
「恵くんって……いつからそんな、優しかったっけ」
そう問いかけると、彼はちょっとだけ視線を落として、言った。
「……別に、優しくないけど。
お前、すぐどっか行こうとするから、見張ってるだけ。」
見張ってるって…
私、犬じゃないですけど、、。
安静にしろと言われた日数がすぎ、
明日からは訓練を再開すると言われていた日の夜。
「…ってかお前、風呂、入らねぇの?」
「え、臭い?」
「そういうわけじゃない。一応もう動いて大丈夫って言われたんだし、風呂入っても問題ないんじゃねぇの?」
「………そ、そうだよね、うん、そうする。
でもその前に、五条先生のとこ行ってこようかな。
明日の集合場所とか、聞いてくるね」
そう言って香久夜は、部屋を後にした。