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呪術回戦ー八月の忌み子ー

第2章 寮の怪異事件


「……たすけて」

呟くような声だった。
香久夜の唇が、確かに動いた。

泥に沈んだような意識の中で、
ずっと誰にも届かないと思っていた声が、いまようやく誰かに届いた。

――「香久夜!!」

その名前を呼ぶ声が、確かに響く。
遠くから、まっすぐに向かってくる、あたたかくて、力強い声。

彼女はゆっくりと顔を上げる。
そこには、沈んでいく自分を追って、まるで命綱のように手を差し伸べる伏黒恵がいた。

「……どうして、ここに」
「お前が、助けてって言ったからだ」


伏黒の声は、いつも通りの無愛想な響きだったけど、
その目は、何よりも真剣だった。


香久夜の周囲では、
母の絶命の瞬間が何度も何度も繰り返されている。
白い息。赤い雪。
温もりが奪われていくその痛みが、永遠に終わらないかのように。


「……ここから、出して」
香久夜が呟いた。

「私を、祓って、っ」

「お前は、呪いなんかじゃない」
伏黒の声が、ぐっと強くなる。


「生まれてきた意味を、自分で否定するな」


彼の言葉に、心の奥底で
――かすかな記憶が、揺れた。


冬の夕暮れ。母の腕の中。
ぐちゃぐちゃに潰された体で、最後に絞り出すように言ってくれた。


「……、あなたが……いてくれて、よかった……」


それは、
自分の存在そのものを肯定してくれた言葉だった。

香久夜の目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。


「こわいの……、また誰かを傷つけるのが、怖い…
自分が生きてるのが、許されるのか、わからない……」


「だったら、俺が許す」
伏黒が、もう一歩、踏み込む。



「俺が、何度でも言う。
 生きてていい。お前は、ここにいていい。」



香久夜の指先が、伏黒の手に触れた。

その瞬間――
精神世界に溢れていた赤い雪が、ふっと溶けていった。
呪霊の笑い声が止まり、世界がひび割れる。



香久夜が初めて、自分の足で立ち上がる。
震えながら、それでも、伏黒の手をしっかりと握って。



「……恵くん、私を、守って、っ」

その小さな声は、彼女が初めて発した
他人を求める言葉だった。






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