第2章 寮の怪異事件
「全部……払ってやる、だって?」
ヨクバがくぐもった笑い声を漏らすと、空間がまた少し歪んだ。
ぬめった手が香久夜の肩から頬へと這い、長い指先がその涙をなぞる。
「お前は何もわかってない。
お前に優しくされて、名前を呼ばれて、手を引かれて――そのたびに、彼女がどれだけ“罪悪感”を抱いたか、知っているか?」
伏黒の目が、わずかに揺れる。
「僕たちは“希望”なんて望んでない。
望んだのは、“終わり”だよ。
お前いなければ、彼女はもっと早く諦められたのに」
「……お前に、彼女の何がわかる」
「はは、わかってるさ。
だって、僕は彼女の中から生まれた“願い”だ。
本当は誰にも触れられたくなかった。誰かに肯定されるたびに、自分の“存在そのもの”が歪んでいく気がしてた。汚い過去をお前みたいなまっすぐなバカに見せたら、壊れちゃうんじゃないか、って、怖がってたよ」
ヨクバはゆっくりと伏黒に近づく。
囁くように、けれど鋭く突き刺すように言葉を続けた。
「だからさ、お前が踏み込めば踏み込むほど、彼女は苦しむんだよ。お前には、この孤独を一生理解できない。」
「……っ」
一瞬、伏黒の胸に、言葉が突き刺さる。
香久夜のあの目、微笑み、すべてが――どれだけ必死の仮面だったのか。
けれど。
「それでも、俺は――」
彼は一歩踏み出す。呪力がうねり、黒い海を割っていく。
「“俺には理解できない”からって、彼女を放っておく理由にはならない」
「……へえ」
ヨクバは楽しげに笑う。
「じゃあ見せてもらおうか。
“その無力さ”で、どこまで彼女を救えるのか」