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呪術回戦ー八月の忌み子ー

第2章 寮の怪異事件


香久夜は、口を開く。けれど、言葉が詰まる。
何を言えば正解なのかも、自分が何を望んでいるのかも、わからなかった。


「言わなくていいよ。君の声は、とても澄んでいて、
……泣き声すら、喉を鳴らしたくなるほどだ」


呪霊の影が、ぬるりと近づく。


「君の中にある呪力は、呪霊を人間に変えるほどの力だ。
……いや、違う。人間よりも上の、神にすらなれるかもしれない」

「……わたしは、人間……だもん」

「それが、苦しいんだろう?
人間でいたいのに、人間にとって危険すぎる存在。
だったら、いっそ──僕の中に溶けてしまえばいい」


その言葉は、まるで愛の告白のようだった。

「君を、永遠に抱きしめてあげる。
君の力も、記憶も、声も、ぜんぶ。
君が誰かを傷つけることも、もうない。
……ただ静かに、僕の一部として、眠ればいい」

香久夜は目を伏せる。
その誘惑は、甘くて優しくて、どこか心を撫でてくる。

でも──

ふと。

「……恵くん……」

その名を口にした瞬間。
世界が、微かに揺れた。

美しかった空間が、黒く、濁り、輪郭を失っていった。
呪霊の影が、ぴたりと動きを止める。

「──やっぱり、君の色はあの少年なんだね」

にゅ、とその輪郭が歪み、嫉妬とも執着ともつかぬ濁った呪力を放つ。

「だったら、まずは……彼を殺すよ。
彼を壊して、君がどれだけ無力か、知らしめる。
その絶望が、君を最高に美味しくしてくれるから」

香久夜の心が、ぞくりと冷えた。

(だめ……恵くんに、何かが……!)


近づいてきていた伏黒の気配に手を伸ばそうとした時
また、深い深い闇へと落とされ、見慣れた、けれど、赤黒いモヤに包まれたような空間へと、落とされていた。




(ここ…は、)




『ちゃん、お豆炊こっか』




その声は、夢にまで見た、母の声。


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