第2章 寮の怪異事件
校舎裏の山道。
木々の間を駆け抜け、伏黒恵は一点を見据えて走っていた。
「……くそっ」
咄嗟に足を止める。
そこだけ、空間の密度が違った。
枯葉ひとつ舞わない静寂。
なのに、耳鳴りのような低い唸りだけが、地の底から響いてくる。
目の前に広がるのは、闇の裂け目。
おどろおどろしい呪霊の呪力の残滓のなか、香久夜の呪力の残滓が、まだ微かに漂っている。
「ここか……!」
喉が焼けるほど、呼吸が速い。
頭の中で“最悪の結末”が何度も再生される。
彼女の泣き顔。血。……間に合わない未来。
…目を覚まさなくなった最愛の人に重なる。
──ダメだ、考えるな。
呪力を全身に巡らせ、一歩、前へ。
領域に足を踏み入れた瞬間。
空気が、音もなく“切り替わった”。
景色が歪む。
空は色褪せ、木々はねじれ、匂いさえ腐っている。
「……ここが」
彼女が、ひとりでいる場所。
人間の心を喰らう、呪霊の巣。
心臓が、どくりと鳴る。
息をのむ暇もない。
だって──ここには“狙われる理由”がある。
香久夜の呪力。初めて強く認識した。
それは、香り立つ蜜のように甘く、頭がくらくらした。
呪霊にとっても、極上の餌。
(奴らが……喰わないわけがねぇ)
呪力を喰らって終わるならまだいい。
奴らは、自分の力を取り込んで暴れまわる。
彼女を、“自分のせいで人が死ぬ”未来へと引きずり込む。
「させねぇよ……!」
睨み据えた前方。
そこに、気配がある。
どろりと滲む呪力の塊──そしてその中心に、確かにいる。香久夜。
「待ってろ。俺が、絶対に連れ戻す」
そう呟く声が、わずかに震えていた。
でも、それを力に変える。
一歩ごとに呪力を強め、確実に呪霊の領域の核心へと迫る。
その歩みは、迷いなく。