第2章 寮の怪異事件
風が、ゆるく髪を撫でる。
陽が落ちた屋根の上。
五条悟は、膝を立てて空を仰いでいた。
目元にかけた包帯の奥で、彼の六眼がゆっくりと動く。
──暴れる呪力の渦。
──不自然にゆがんだ空気の断層。
──呪力の流れが“切れた”男子寮の湯屋。
──そして、真っ直ぐに駆けていく少年の背中。
「あーあ、黒い感情に逃げちゃったか」
けれど、どこか嬉しそうに言う。
「まぁ、そりゃそうか。生まれてからずっと、力に呪われてたんだ。ちょっとやそっとじゃ『自分のもの』だなんて思えないよね〜」
ポケットから飴を取り出して、口に放り込む。
かり、と軽い音がして、彼は笑った。
「でもさ、逃げるのは悪いことじゃないんだよ、。大事なのは、その先。どこまで逃げても、最後にどこに戻るか、ってこと」
彼の眼差しは、すでに“向こう側”を見ていた。
彼女が追い詰められ、自分の力に呑まれそうになっていることも。
それを追って、恵が息を切らして走り出したことも。
「あいつ、こういうときは真っ直ぐすぎるからなぁ……恵は」
手を屋根の後ろに伸ばし、ひらひらと地上に向かって振ってみせる。
「でも──ちゃんと“間に合う”よ。
恵はちゃんと強いから。問題は…は、どう動くかな」
さざめく風に声が溶ける。
五条の体が、ゆっくりと立ち上がる。
満月の月明かりが、五条に影を落とした。
「さて。じゃあ“もしも”間に合わなかったら、俺がカッコよく助けに行ってあげよっかなー。びしっと登場して、“先生、いいとこ持ってくな〜”とか言われてさ。うんうん、それもアリ」
ふざけたような言い方で
彼は今日も、守る者として“気づかれない位置”で立っている。
五条悟は、ゆっくりとその場から姿を消した。