第2章 寮の怪異事件
(あれ? ……今、誰か、鏡の向こうに……)
鏡の中を覗いた時。
自分の顔が、笑っていない。
まばたきしない。
――動かない。なのに、口元だけが、にたりと笑った。
(ちがう……これ、わたしじゃ、ない……)
そう思った瞬間。
ばしゃん!
「っ──!!」
湯の中から、手が伸びてくる。
水面を割って現れたのは、人のものとは思えない黒く濁った手。
(うそ……!)
逃げようと動いた瞬間、ぐん、と引きずられた。
水の中。
耳の奥が、ゴボゴボと泡の音で満ちる。
湯じゃない。
ここは、もう、風呂場じゃない。
呪霊の領域だ。
水中の闇に漂う無数の“目”──、焦点の定まらない、不快な視線。
誰かの怒り。恨み。痛み。
そのぜんぶが、香久夜だけを見つめていた。
(わたしが……呼んじゃったんだ)
足に巻き付く何か。
ぞわぞわと這い回るような感覚。
肌をなぞる冷たい舌のような呪力。
「いや、いやっ……伏黒くん……っ、助けて……っ!!」
言葉は、水の中で泡に変わる。
けれど、その叫びが届くことはなかった。
香久夜の身体は、そのまま、
水面から、すうっと音もなく──消えた。