第9章 かぐや姫の物語
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朝とは打って変わって、冷たい雨が落ち始めていたとある廃建築の敷地内。湿ったコンクリートの匂いと、澱んだ怨嗟の気配が混ざり合う空間で、七海建人は腕時計に目を落とした。
「…伏黒くん」
静寂を破る七海の落ち着いた声が、雨音に混じって響く。
少し離れた場所で、十種神宝の印を組んだまま息を整えている恵の背中。その肩は微かに震えており、身に纏う呪力は、朝方彼を連れ出した時よりもどこか濃く、そして不気味なほど滑らかに循環していた。
「…はい」
恵が振り向く。その瞳には、隠しきれない焦燥と、どこか異質な熱が宿っていた。
「先ほどの呪霊の処理、見事でした。ですが…少々、動きが焦りすぎています。呪力の出力も、少々強引だ。」
七海は黒い柄の短刀を懐に収めると、感情を殺した眼差しで恵を見つめた。
今朝、香久夜の部屋から出てきた恵の異変に、七海はすぐに気づいていた。恵の体内に脈打つ、彼自身のものではない過剰な呪力。
かぐや姫の呪力はここまで他人を底上げするのか、と、一瞬息を呑んだ。しかし、恵の中で暴れるそれを放置しておくわけにはいかず、七海は朝一番で恵をこの現場へ連れ出し、呪力を消費させようと試みたのだ。
「羽目を外すな」と、七海は昨日、暗に牽制したはずだった。
しかし恵は、その制止を振り切り、自らの身を削るようにして香久夜の呪力を押し返し、同時にその莫大な熱を受け入れようと抗い続けている。
「…俺は、平気です」
恵は拳を固く握りしめ、視線を落とした。
(…どの状態の子供が。)
七海は戦闘で少し汚れたメガネを拭きながら、一つ呆れたため息をついた。