第9章 かぐや姫の物語
「……ってわけ」
ふっと五条の言葉が途切れ、回想の余韻が霧散する。
気がつくと、香久夜はソファで五条の足の間に挟まれたまま、彼を見上げる体勢に戻っていた。
まだ唇に残るキスの感触と、あまりに壮大で歪な平安の記憶に頭が追いつかない。
「……つまり……?」
なおも要領を得ずに困惑した瞳を向ける香久夜に対し、五条は目隠しの奥の瞳を静かに細め、言葉を噛み砕くように告げた。
「つまり、直接的な身体的接触じゃなくても、かぐや姫は己の“想い”だけで呪力を宿儺に与えられたんだ。かぐや姫を攫った宿儺が呪いの王になったんじゃなくて、呪いの王になった宿儺が、かぐや姫を攫ったんだよ」
五条の言葉が、冷たい水のように香久夜の胸に染み込んでいく。
「君は今、あのかぐや姫と同じことができる」
瞬間、香久夜の脳裏に先ほど見せられた異形の存在——四つの目と四つの腕を持ち、圧倒的な暴力と呪気で世を平伏させた「両面宿儺」の恐ろしい姿が鮮明に浮かび上がった。
息が詰まる。己の胸の奥から湧き上がる「好き」という純粋な想いが、あの凄惨な怪物を作り上げる糧となっていたという事実。
そして今、自分がその恐ろしい業を大好きな恵に向けようとしているのだという恐怖が、背筋を凍りつかせた。
「身体的な接触がなくても、君の想いの強さをベクトルに、呪力を流せるんだ」
五条の言葉がうまく香久夜には入っていかない。
『私は本当に、人間なの…、』
2ヶ月前に目の前の人にこぼした弱さが、もう一度こぼれそうになる。
「でも恵には宿儺ほどの器はないから、送りすぎると恵自身を壊してしまうのは変わらない。だから、今のうちは僕のキスを受け入れてね」
…かぐや姫。あなたは、世界を呪って、愛した人に力を与えた。
私が愛した人は、私の呪いに耐えられない。
『私が、私の味方にならなくちゃ』
なりたいけど、でも。私は恵くんを…壊してしまう?
「…?」
五条の声に香久夜は顔をあげる。
「せ、せんせ…私、どうしたら、いいの」