第9章 かぐや姫の物語
かつて己を「弱い女」と切って捨てた男は、もはや人ですらなくなっていた。
けれど、恐ろしさなど微塵もなかった。
「俺様をその名で呼ぶものはもういない。人は皆畏れ敬い、『両面宿儺』と俺を呼ぶ。」
四つの目が放つ圧倒的な圧迫感を現す名前。
「両面、宿儺様…。」
その名前を口にしたかぐやの胸を焦がしたのは、狂おしいまでの歓喜と熱情だった。
どれほど文を出しても届かず、ただ一人で待ち続けた月日。帝の召喚にも抗えず、己の無力さに絶望していた自分のもとへ、彼は約束もなしに現れてくれたのだ。
崩れ去る瓦礫の隙間から差し込む満月の光の中、かぐやは震える声で愛しい男を見上げた。
「……来て、くださったのですね。私の想いなど一通も、届かなかったというのに」
「ふん」
四つの目を細め、宿儺の口元に不敵で色気のある笑みが浮かぶ。彼は重厚な着物の前を緩く押し肌を覗かせると、その強靭な胸元に刻まれた禍々しくも美しい黒い呪印を示してみせた。
「勘違いするな。お前の愛は届いていたぞ…俺様に、これほどの呪印を刻みつけるほどにな」
かぐや姫が紡いだ文。そこに込められた狂おしいほどの愛と呪力が、空間を超えて彼の肉体に確かな爪痕——呪印として残っていたのだ。
その時、逃げ惑っていた帝が近衛の術師を引き連れ、震える手で刀を抜いた。
「不穏分子め……! ここから…」
「騒がしい虫だ」
宿儺は視線すら向けず、ただ大きな手を一振るいさせた。刹那、空気が切断され、帝を含めた術師たちは声を上げる暇すらなく血の霧となって吹き飛んだ。
権力の頂点も、逃げ場のない運命も、彼の一閃の前に虚しく散っていく。その圧倒的な力に、かぐや姫は高揚した。
「これほどの呪力を秘めながら、男どもの言いなりで終わるような器ではないはずだ。……俺様をここまで強くしたのは、他でもないお前だ。かぐや」
宿儺は四つの腕のうち本本を差し伸べ、ひざまずく彼女の華奢な腰を力強く引き寄せた。
「ついてこい。お前に世にも面白いものを、見せてやろうじゃないか」
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