第9章 かぐや姫の物語
宿儺は拾い上げた石に自身の呪力を通すと、それをかぐやの傷口になぞるように滑らせた。
反転術式による生の領域の操作。
じんと温かい熱が走り、次の瞬間には、かぐやの肌を苛んでいた傷も痣も、跡形もなく消え去っていた。驚愕に目を見開くかぐやに対し、宿儺は小石をポイとかぐや姫の胸元に投げ捨て、心底呆れたように鼻で笑った。
「都一の勝ち気な姫と聞いて来てみれば……己を痛めつける奴らの一人すら殺せぬ、ただの弱い女か」
——弱い女。
生まれてこの方、男たちから「美しき宝」「神の如き姫」と崇め奉られ、蝶よ花よと扱われてきたかぐやにとって、そんな風に面と向かって言い放たれたのは生まれて初めてだった。
目の前の男は、自分の美貌に1ミリも狂っていない。自分を欲望の対象としてではなく、ただの「弱者」として切り捨て、見下している。
その凶暴で、圧倒的で、あまりにも強烈な言葉が叩きつけられた瞬間。
かぐやの胸の奥で、カチリと何かが弾けた。
(……あぁ)
イライラと荒んでいた心が、一瞬でその男の存在で塗りつぶされていく。
恐怖でも怒りでもない。胸を突いたのは、雷に打たれたかのような、激しく、暴力的なまでの恋心だった。
「曲者だ! 姫様をお守りしろ!」
遅れて駆けつけてきた屋敷の武士や術師たちが、竹槍や刀を手に宿儺を取り囲む。宿儺は鬱陶しそうに舌打ちをすると、「興が削げた」とばかりに屋敷を後にしようとする。
「待って…!名前は、!」
彼が踵を返し屋敷を去る瞬間。
「荒魂の、ーーーだ。」
彼は自分の名を呟き、瓦の屋根を壊し、夜の闇へと消えていった。
静まり返った部屋。
破られた着物の袖と、傷ひとつなく滑らかになった腕を抱え、かぐやはその場にへたり込んだ。
心臓が、破裂しそうなほど脈打っている。
「……ーー…様」