第8章 姫の呪い
そして、七海さんが帰った後の夕方。
居間の畳の上で、私は幼子のように目を輝かせて玉犬の頭を撫でていた。
影から呼び出された玉犬も、心地よさそうに「ハッハッ」と息を吐きながら、私の膝に大きな頭を乗せてくれている。
「わぁっ、可愛いっ! 毛がすっごくモフモフしてる!」
(七海さんに『線を引くように』って言われたばかりだけど、式神なら、大丈夫だよね)
大人からの指摘にドキドキしていた心を落ち着かせるように撫でていると、壁にもたれかかっていた恵くんが、不機嫌そのものの低い声を落としてきた。
「……なぁ、」
「ふぇ? なに、恵くん、あっ、見て! 玉犬くん、お耳のうしろを撫でると気持ちよさそう!」
恵はあからさまに自分を無視して式神に夢中になっている彼女の姿に、胸の奥のモヤモヤが加速する。
「…いつまで触ってんだよ」
低く落とされた声に、香久夜が「ふぇ?」と顔を上げる。
「え、あ…ごめんら恵くん、でも玉犬くん、すごく毛並みが気持ちよくて」
「……犬なんていつでも呼べんだろ」
恵はそれだけ吐き捨てると、壁から背を離して歩み寄ってきた。
そして香久夜が引き止める間もなく、すっと影の中に玉犬を還してしまう。
「あっ、」
残された空気に戸惑う香久夜の目の前に座り、彼女を覆い隠すようにぬっと距離を詰めた。