第8章 姫の呪い
ーー
昼下がり、七海さんとの学習時間が一区切りついた時のことだった。
伏黒くんが「少し風に当たってくる」と縁側へ出て行き、部屋には私と七海さんの二人だけが取り残された。
静まり返った室内で、七海さんは手にしていた万年筆を静かに卓上へ置いた。眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、その奥にある深いグレーの瞳が、じっと私を見つめる。
「……香久夜さん」
「ひゃ!、はい、七海さん!」
思わず背筋を伸ばすと、七海さんは少しだけ目元を緩め、冷めかけたお茶に手を伸ばした。
「そう身構えないでください。体調の方は問題なさそうですね。呪気の乱れもなく、顔色もすこぶる良い。……ですが」
一口お茶を含んでから、七海さんは静かに言葉を継いだ。
「伏黒くんとの『距離感』について、少々気になります」
「えっ!? あ、あの、何か、おかしいでしょうか……っ!?」
心臓が大きく跳ね上がる。
夜、彼に抱きしめられていることや、毎日『チェック』と称して唇を重ねていること。
ーー果ては、自分が彼の体温を求めて一人で何をしようとしていたかまで見透かされているのではないかと、冷や汗が背中を伝った。
「彼も健全な少年です。多感な時期ですし、今のあなたの存在は彼にとっても非常に強い魅力を帯びている。
ー伏黒くんにはあまりおいたをさせないよう、あなたの方からも彼に甘えすぎず、しっかり線を引くことを覚えなさい。彼の自制心を保つためでもあります」
「は、はい、気をつけます、っ」
大人からの静かで確かな牽制に、私は顔を真っ赤にしながら必死に頷くことしかできなかった。
(線を引く……って言われても、恵くん、全然聞いてくれないんだもん……)
内心で焦りと戸惑いを深める私を見て、七海さんは小さくため息をついた。