第8章 姫の呪い
「おい、動くな」
風呂上がり、湯上がり特有の甘い熱を帯びた香久夜の髪に、伏黒恵は手拭いを被せ、ゆっくりとドライヤーの温風を当てていた。
手繰り寄せる黒髪は信じられないほど柔らかく、指をすり抜けていく。ふわりと漂う桃のようなシャンプーの香りに、伏黒の胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
鏡越しに見える香久夜の顔は、熟した林檎のように真っ赤だ。
「め、恵くん……自分でできるよ、私」
「いいからじっとしてろ。髪、長いんだから乾かすの大変だろ」
本当は、ただ触れていたいだけだった。
濡れた髪をすく自分の指先が、彼女の耳たぶやうなじに触れるたび、香久夜の肩が跳ねる。その可憐な反応がたまらなくて、伏黒はわざとゆっくりと手を動かした。
温風を止め、静かになった部屋で、伏黒は香久夜の肩を抱き寄せるようにして顔を覗き込んだ。
「…顔、真っ赤だな」
「そ、それは…お風呂上がりだし、恵くんが近いからで…っ」
「本当にそれだけか?」
伏黒の瞳が、温度を増して香久夜の濡れた薄桃色の唇に落ちる。
「また体内に呪力が溜まってんじゃないのか。満月までまだ時間はあるが、変に溜め込むと、お前自身の身体が熱で焼き切れるぞ」
「あっ、え、でもっ」
香久夜が拒む間もなく、伏黒は彼女の顔を両手で挟み込むと、息を吸い込むスキすら与えずに唇を重ねた。
昼間の七海の前で見せる無口な少年はそこにはいない。
逃げようとする彼女の腰をぐっと引き寄せ、舌を滑り込ませて甘い体液を貪る。体液が触れ合うたび、香久夜の体から甘く澄んだ呪力が溢れ出し、伏黒の身体を熱く満たしていく。
「んっ、…め、ぐ……っ」
酸素を求めるように喘ぐように名前を呼ぶ香久夜に己の熱が上がるのがわかった。
「ちょっとはこれで流れたな。
これからは毎日、寝る前に『呪力チェック』をするから。いいな」
恵はぶっきらぼうにそう言った。
「えっ、毎日っ!? そんなの、できないよっ!」
「できる。俺がやるんだから文句言うな」
その日を境に、二人の夜のスキンシップは劇的に激しく、そして逃げ場のないものへと変わっていった。