第8章 姫の呪い
――同時刻。
東京・五条家の本邸。何重もの結界と厳重な蔵に囲まれた暗がりの中で、五条悟は胡坐をかき、虫眼鏡を片手に古びた和紙の山と対峙していた。
周りに積み上げられているのは、五条家の忌み深き古文書、そして遠祖である菅原道真の時代まで遡るような、カビ臭い年代物の秘録の数々だ。
「…ハァー、やってらんねぇ」
ぽつりと呟きながら、五条はけだるそうに目隠しを少し持ち上げ、六眼で墨の文字を走査していく。
彼が探しているのは、単なるお伽話の「かぐや姫」ではない。
千年前、突如として表舞台に現れた「かぐや姫」の血統。それは本当に、お伽話のように月から降ってきた神秘の存在なのか。……それとも。
「誰かが無理やり作り出した、胸糞悪い実験台か」
五条が探していたのは平安の世において、生来の術式を削ぎ落とされ、他者に莫大な呪力を供給する「人柱」として作られた、歪んだ血統の記録だ。
「うちのバカ古い蔵にも、大したことは残ってないか……。ま、残してたら都合が悪い連中がいたってことだろうけど」
五条家、加茂家、禪院家——いわゆる御三家。
彼らがこの千年間、どれほどその血統の存在をひた隠しにし、時に実験体として利用し、隠蔽してきたか。
「他の御三家の蔵を見せてください、なんて言ってオッケーされるわけないもんなぁ。敵対してる僕に易々と見せるはずもないし」
五条は小さく舌を打ち、手元の古文書を雑にパタンと閉じた。
自力で呪力を消費できない構造。体液を介した無制限のバフ。こんなグロテスクな仕組み、正攻法の文献調査だけで全貌が掴めるはずもない。
「…そしたら、宿儺経由から探りを入れるしかないか。行くしかないな、あの場所に」
高専の最深部、天元が鎮座する薨星宮のさらに奥ー禁忌の地下保管庫。あるいは宿儺の指に刻まれた千年前の記憶の残り香。
答えはそこにあるはずだ。彼女の身体の構造、そして彼女を破滅させないための唯一の術が。
五条は立ち上がると、首を鳴らして天井を見上げた。
「満月まで、まだ時間はあるとはいえ。早く答えを揃えて帰ってあげないとね。僕の可愛い生徒と、可憐なお姫様のために」
暗闇の中で光る六眼が、冷徹な思考と、二人を外界から守り切るという不敵な笑みを浮かべて妖しく輝いていた。