第8章 姫の呪い
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数日が経過し、隠れ家での「特別な日常」は静かに定着し始めていた。七海建人は、眼鏡の奥から文机に向かう二人の姿を静かに観察していた。
(……観察成果としては、悪くありませんね)
香久夜は、予想以上のスピードで現代の知識を吸収していた。
何より変化が顕著だったのは、彼女の隣に座る少年、伏黒恵だった。
今までの彼の印象は、大人びた表情をしていることが多かった。それは早熟とはことなり、どこか世界を諦めた、冷めたような瞳だった。
だが、この数日で彼の表情は明らかに柔らかくなっている。香久夜が珍解答を出した時に小さく吹き出して笑ったり、彼女が苦手な数学の問題を解けば誇らしげに目を細めたり。
少年らしい素直な笑顔を見せる回数は、日に日に増していた。
……だが。問題はその「理由」と「深度」だ。
七海は、香久夜の手元が微かに震えているのを見逃さなかった。
伏黒が少し体を寄せたり、テキストを覗き込んできたりするたびに、彼女の白い肌はみるみるうちに朱に染まり、視線をどこへ泳がせればいいのか分からず激しくパニックに陥っている。
(単なる思春期の甘酸っぱい初恋……と呼ぶには、少々熱を帯びすぎている気もしますが)
伏黒の存在そのものや、彼から与えられる皮膚感覚に、香久夜はただただ心臓を壊されそうなほど過剰にドキドキし、翻弄されている。
色恋沙汰の仲裁など自分の専門外だが、彼女の精神の浮き沈みが呪力の乱れに直結する以上、放置するわけにもいかない。
「……香久夜さん」
「ひゃいっ!? は、はい、七海さん!」
名前を呼ぶと、香久夜は跳ね上がるように顔を上げた。
「顔色が少し赤いようですが、体調は崩していませんか。頭痛や、体内に熱が籠もるような違和感は?」
「あ、ありません! 大丈夫ですっ、ちょっと、集中しすぎて熱くなっちゃっただけで…っ」
「そうですか。自分の変化には敏感になっておきなさい。少しでも不調を感じたら、遠慮なく申し出るように」
「はいっ!」
必要以上に深くは問い詰めず、あくまで体調を気遣う程度に留める。伏黒の方はといえば、七海と香久夜のやり取りを素知らぬ顔で眺めつつも、どことなく気まずそうに視線を泳がせていた。