第8章 姫の呪い
「っ……!」
香久夜が息を呑む暇すら与えず、恵は彼女の顎を指先ですくい上げると、そのまま迷うことなく自分の唇を重ね合わせた。
コロコロ、と音を立てて香久夜の手からシャープペンシルが転がり落ちる。
「むっ、んん……っ!?」
触れるだけのキスではない。
満月の夜の暴走からまだたったの二日。あの夜の圧倒的な密着と高揚を身体が覚えているのか、重なる唇の隙間から滑り込んできた恵の熱い舌が、香久夜の口内を甘く探り当てる。
唇が触れ合った瞬間、香久夜の奥底から甘く高純度な呪気が揺らめき、恵の体内へと流れ込んでいく。
ゴクっ…と恵は小さく喉を鳴らすと、逃げようとする彼女の後頭部を大きな手で抱え込み、さらに深く、息が詰まるほどの吻を食んだ。
「んっ、ふ…あっ…っ」
ようやく唇が離された時、香久夜の瞳は涙で潤み、真っ赤になった顔で小さく肩で息をついていた。
口元からうっすらと伸びる銀の糸を、恵は自分の親指の腹で拭うと、愛おしそうに舐め取る。
「な、なに、するのっ! 恵くん、急に…っ」
混乱と恥ずかしさで声を震わせる香久夜に、恵は少しだけ唇の端を上げ、どこか意悪く、けれど甘い温度を含んだ瞳で見下ろした。
「…何って。お前が隙だらけだったからだろ」
「す、隙って…私は普通に勉強をっ!」
「口開けてぼーっとしてた。警戒心が足りないんじゃないか?」
「そんなの、恵くんが近すぎるからっ」
「言い訳するな」
恵は香久夜の赤くなった耳たぶを指先で軽く弾くと、そのまま体を寄せて彼女の耳元にフッと熱い吐息を吹きかけた。
「七海さんが言ってたろ。『教え合いは学習の近道』だって。……お前が国語集中できないなら、こうやってペナルティ与えてやった方が覚えるんじゃないか?」
「へ、屁理屈!」
「文句があるなら早く全問解け。」
先に飯食ってる、と部屋を離れた恵のペースに完全に巻き込まれ、逃げ場を失った香久夜は、赤くなった顔を両手で覆うことしかできなかった。