第8章 姫の呪い
「あ、あの…、恵くん」
「ん? どうした」
「そ、そんなに見つめられると…勉強、しづらいと言いますか…」
「俺は一区切りついたから。休憩時間にどうしようが勝手だろ」
「でも、集中できないよ、っ! あと一問なのに…」
「じゃあ、ここで待ってる」
「〜っ!」
急に不躾で融通が効かなくなった恵に気を取られながら、香久夜は小さく一息をついて参考書に目を戻す。
筆者が何を意図してこの文章を書いたのか。全体の雰囲気や心情なら感覚で理解できるのに、「この場面の意図を本文から一文で抜き出せ」などと形式的に問われると、急に難易度が上がる。
前のめりになり、もう一度真剣に文章を追いかけ始めた、その時だった。
恵は手に持っていたシャープペンシルの後ろ側を使い、香久夜の首筋にかかる艶やかな黒髪を優しく後ろへ払った。そのまま、自分の長い指先で遊ぶようにサラサラとした髪をすいていく。
「め、恵くん、やりづらいよ、」
「集中しろよ」
低く囁く声と同時に、恵の大きな左手が彼女の白磁のような首元へと回された。
そのまま滑るように、温かい親指の腹で彼女の頬を優しく撫で、そのまま耳たぶを小さくつまんで弄ぶ。
指先が肌に触れるたび、彼の熱い指の動きにすべての神経が引き寄せられ、香久夜の頬はみるみるうちに熟した林檎のように赤く染まっていった。
「恵くん、近い!」
耐えかねて声を漏らすと、自分の息すら吹きかかるほどの至近距離に恵の顔があった。
けれど、当の恵の視線は素知らぬ顔で机の上のテキストに向けられている。
「いいから、早く解かないと飯食う時間なくなるぞ」
「そんなこと言ったって、っ」
香久夜が抗議しようと顔を上げた瞬間——恵の視線がすっとテキストから外れ、目の前で揺れる香久夜の薄桃色の唇に落ちた。