第7章 葛藤
隣に並んで歩いてきた恵が、香久夜の顔を覗き込むようにして静かに声をかけてきた。
「あ…恵くん。うん、もう体はなんともないよ。」
…でも。
恵の首元にある、己が刻んだ黒い印がめにはいる。
…私のせいで。
香久夜はぎゅっと自分の手首を握りしめ、申し訳なさそうに視線を落とした。
「ごめん。私のせいで、たくさん、傷つけて」
自分が情けなくて、申し訳なくて、今にも泣き出しそうな顔で謝る香久夜。
恵はしばらくそんな彼女を見つめていたが、呆れたような、けれどどこまでも優しい溜め息をひとつ吐いた。
「……バカ」
恵はぽん、と香久夜の頭に少し乱暴に手を置くと、いつものぶっきらぼうな顔を少し崩して、フッと柔らかく笑った。
「謝るなよ。お前が気にするようなこと、何ひとつねえよ」
手から伝わる恵の温もりに、香久夜は目を見開く。
「いつも言ってる。まずは俺を頼れ。俺は嬉しかったよ、の受け皿になれて。」
「恵くん、」
「大丈夫だ。お前がどんなに落ち込んでも、俺たちがここにいる。だから……そんな顔すんな」
まっすぐな蒼黒い瞳で『大丈夫だ』と告げる恵の言葉は、冷え切っていた香久夜の胸の奥を、じんわりと温かい熱で満たしていった。
恵みは照れくさそうに「ほら、行くぞ」と背中を突いた。
リビングでは、すでに先輩たちが大騒ぎでタコスの準備を進めていた。
「おい真希! ひき肉焦げそうだから混ぜろ!」
「うるせぇパンダ! お前が火調整間違えてんだろ! 憂太、トマトとアボカド切り終わったか!?」
「あ、はい! 真希さん、もうすぐ切れます!」
「おかか!」「え、切り方、変?」
賑やかな声と、香ばしく炒められるスパイスの香りが部屋いっぱいに広がる。
「あ、ちゃん体調大丈夫? 無理しちゃダメだからね、座ってていいよ」
乙骨が包丁の手を止めて、優しく微笑みかけてくれる。
「いえ! 私も手伝います!」